最大の成果は人づくり 由布院玉の湯会長 溝口薫平さんに聞く うちん一品 今も元気ちゃ(8)

西日本新聞

 とにかく、このまちが大好きだ。でも開発を許せばまちが変わってしまう。このまちに、時代に翻弄(ほんろう)されない何かを一本突き通したい-。私たち湯布院町(現・大分県由布市)の若者が、ゴルフ場建設計画に反対して、まちづくりに立ち上がったのは1970年のこと。

 これといった名所も史跡もない湯布院。あるのは温泉と、由布岳の景色と、自然だけ。開発ブーム一色の時代に、私たちはこの「何もない環境」を残そうと走り回った。中谷健太郎さん(亀の井別荘相談役)は企画力抜群の人。牛喰(く)い絶叫大会、音楽祭、映画祭などのアイデアが次々と生まれ、私が実現へ調整するという役割。でも、最初は「町にそぐわない」と反対されたり、行政に相手にされなかったり。簡単じゃなかった。

   ◇   ◇

 湯布院の強力な援軍になってくれたのが、平松守彦前知事と、79年に始まった一村一品運動だった。

 平松さんは、数あるまちづくりから大山町(現・日田市)と湯布院をモデルに選んだ。車座で酒を酌み交わして議論した。アイデアを話すと、「よし、やってみろ」と背中を押してくれた。酒が回ってみんな眠りかけても、平松さんは一番最後まで元気だったなあ。

 自分の客をどんどん湯布院に招き、「ここは大分の迎賓館」と売り込んでもくれた。そうするうち、「知事があんなに評価するのなら」と、行政側の対応も変わってきて、いろんな垣根が消えたように思う。

 運動を通じてリーダーたちと出会えたのも大きい。矢羽田正豪さん(大分大山町農協組合長)、西太一郎さん(三和酒類名誉会長)、高橋治人さん(高橋水産社長)、板井良助さん(但馬屋老舗社長)…。みんな、今もまちづくりの先頭に立つ人たちだ。

   ◇   ◇

 一村一品運動は、無名だった大分を押し上げた代名詞。足元の宝に気付かせてくれた。たとえ時代が変わっても、まちづくりには欠かせない理念だ。

 でも、今振り返ると、その最大の成果は「人づくり」だったのだと思う。モノづくりは、有名になるとすぐまねされて、より条件の良い場所が取って代わる。10年、20年とトップでいるのは難しい。大切なのは、壁にぶつかっても、また新たなアイデアで挑戦する人材がたくさんいる、そんなまちをつくることだ。

 まちの魅力は、街並みやモノだけじゃない。最後は人の魅力。いろんな人が住んで、いろんな考えを持って、いろんな活動をする。それがまちの魅力になる。そんなまちを、どう目指すかということ。だから、今の若者が、必ずしも私たちと同じ目線で動く必要はない。この先も、いろんな人が出てきてほしいと願っている。
(談)


 ◆溝口薫平氏(みぞぐち・くんぺい) 1933年、旧野上村(現・九重町)生まれ。妻の実家の旅館経営に参加。ゴルフ場開発に反対し、癒やしの里づくりに奮闘。辻(つじ)馬車を走らせ、音楽祭や映画祭を開くなどして、由布院を全国屈指の人気温泉地に押し上げた。政府認定観光カリスマ。西日本文化賞などを受賞。

 第1回「完熟徹底 大山の梅干し」

=2017/01/01付 西日本新聞朝刊(大分)=

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