願 漁師の誇り 文化つなぐ 玄界灘祝い唄(1)

西日本新聞

 元日の潮の香りには、身も心も引き締まるすがすがしさがある。

 玄界灘に突き出した福岡県宗像市鐘崎の鐘ノ岬。午前9時すぎ、山腹にある織幡神社で権田幸祐さん(32)は父の清人さん(58)、長男の崇仁(たかひと)ちゃん(1)と手を合わせた。漁師町の鐘崎では、初詣をはじめ氏神様へのお参りを欠かさない。

 参拝を終えて石段を下る。子どもの頃から父や祖父に連れられて何度も上り下りした参道だ。今年は崇仁ちゃんもおぼつかない足取りで下りていく。その向こうに、漁港を包むように広がる海原が見える。

 次に訪れた恵比須(えびす)神社。幸祐さんらは神前の丸太をゴンッゴンッゴンッとこん棒で打ち鳴らした。「トウベッサン(恵比須さま)は耳が遠いけん、こうやって起こすと」。崇仁ちゃんに教え、幸祐さんは再び手を合わせた。魚がたくさん捕れますように。今年生まれる2人目の子が安産でありますように。そしてなにより、今年1年を無事に過ごせますように-。

   ◇   ◇

 玄界灘では9日から「ふく」(トラフグ)のはえ縄漁が始まる。幸祐さんも清人さんと同じ船で漁に出る。12月までブリなどを追っていた別の巻き網船団では、夜中に操業して朝に帰港していたが、対馬や山口沖まで出るフグはえ縄漁は数日がかりになる。

 長さ1・6キロの縄に浮きをつけ、8メートル間隔で釣り糸を垂らす。えさは鮮度のいい冷凍サンマ。このはえ縄を明け方までに約20本、つなぎ合わせる。3千~4千本にもなる針は、1本ずつ手で研ぐ手入れが必要だ。それでも1日の水揚げは「20匹いたらいい方」だという。こうして捕ってきた貴重なフグは「玄海とらふく」のブランド名で全国に出荷される。

 厳寒の夜の海は吸い込まれるような暗さだ。船が波を受けて投げ出されそうになることもあるし、転覆しそうになったこともある。

 「漁師にはならんでいい。食えるかどうか分からん」。漁師一家に育った幸祐さんも、そう言われて育った。燃油の高騰や水産資源の枯渇…。「捕れんごとなった」という漁師たちの嘆きをずっと聞いてきた。だが進学した高校を中退してしまい、何をするという目標もなく17歳で船に乗ることに。まかないから厳しくしつけられ、船酔いに転げ回りながらも、仲間と心を合わせて魚を追う漁師の仕事に誇りを持ち始めた。

   ◇   ◇

 幸祐さんは7年ほど前から若手漁師たちと、子どもたちに魚のさばき方を伝える活動を始めた。現在は漁師グループ「鐘崎の漁村文化を次代につなぐ会」を結成し、漁の合間に出前教室を続けている。

 宗像市内の施設調理室で暮れにあった教室には小学生とその保護者26人が集まった。1人に1匹ずつ、鐘崎に水揚げされたブリを用意。包丁を持つ子どもたちに漁師が付き添う。「魚の皮をはぐときは包丁は寝かすように固定して、皮の方を動かすと」。そう教える幸祐さんの手元を子どもたちは熱心に見つめる。

 教室では玄界灘での漁の話もする。ふだん食べている魚がどんな海で、どんなふうに捕れているのかを知ってほしいからだ。巻き網の中で跳ねるアジやサバ。夜の海に浮かぶ灯船(ひぶね)。漁港に水揚げされたブリ-。「危険な思いをして捕って来ようと分かれば、食いもんを粗末にはできんはず」

 参加した子どもから、「自分でここまで作れるようになりました」と写真や手紙が届くこともある。もしかすると今年の正月には、暮れに学んださばき方を試してブリの刺し身を作った子もいるかもしれない。

 トウベッサンそばの海沿いを、小さな崇仁ちゃんが駆けた。防波堤の向こう側から穏やかな波の音が聞こえた。

 第2回「鮮 寿司のネタは漁に合わせ」

=2017/01/03付 西日本新聞朝刊=

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