博多の縁起物 竹川克幸・日本経済大講師に聞く 鰤~玄界灘の恵み(5)

西日本新聞

 福岡・博多の人々にとって、ブリは古くからタイと並んで特別な祝い魚でした。「出世魚」として縁起が良く、正月に旬を迎えるのが理由でしょう。

 江戸時代に鋳物で繁栄した博多の商家、柴藤家の当主が弘化4(1847)年に記した「柴藤家年中行事」によると、1月2日の「吹初(ふきぞめ)式」では神棚の供物として、鏡餅やするめ、昆布とともに「大鰤壱頭生板ニ備」と挙げています。ブリを丸ごと板に載せて供えていたんですね。当時は正月に刺し身などで食べた後、残りは塩を振って軒先につるして保存。1月20日の「骨正月」ごろまで食卓にブリが並んでいたようです。

 江戸時代には結婚して初めての正月に、嫁の実家にタイを届け、その返礼にブリを受け取る風習もありました。今は簡略化して、最初から妻の実家にブリを届ける家庭が多いですね。

 博多の雑煮の具にブリが定着したのは大正-昭和初期と考えられます。ブリの漁獲量が増えたのも要因でしょう。

 九州では長崎の雑煮にもブリを使います。江戸時代、福岡藩は長崎警備に当たっていたこともあり、福岡と長崎の食文化は共通点も多い。一杯の雑煮には、そんな歴史も反映されています。(談)

 

 

 第1回「ブリ漁ルポ 水しぶき上がる巻き網漁」

=2017/01/01付 西日本新聞朝刊(ふくおか都市圏)=

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