人の「和」が生む看板酒 醸し人物語(2)

西日本新聞

 ラベルに添えた文言は「時は来た!」「垂直落下式」。古伊万里酒造(佐賀県伊万里市二里町中里)の看板銘柄「古伊万里 前(さき)」の四合瓶。何のことか、と見詰めてもよく分からない。実はこれ、プロレスラーの故橋本真也さんの名言と得意技なのだ。

 「夫がファンなんです」。売り棚の前で笑うのは蔵元の前田くみ子さん(49)。好きが高じて、酒の搾り方にも得意技と同じ名を付けた。自由自在な遊び心は蔵の空気を映し出している。

 「古伊万里 前 純米大吟醸」は2016年の福岡国税局酒類鑑評会・吟醸酒部門で大賞を受賞。フルーティーな香りと飲みやすさで日本酒の初心者も魅了する。「先代の味よりも前(さき)に」。一族の名にちなむ銘柄に込めた思いが、そこにある。

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 3代続く蔵の2人姉妹の長女。ほの甘い醪(もろみ)の香りとともに冬を過ごし、ほろ酔いで新酒の出来を喜ぶ家族や蔵人の姿に春を感じた。上智大経済学部を卒業後、「ごく自然に」家業の事務を手伝った。

 蔵を継ぐべく造りも習い始めた30代半ば。世でもてはやされたのは越後の酒だった。すっきりとした淡麗辛口の純米吟醸酒。純米でも吟醸でもなく専ら地元向けの普通酒を造っていた「地方の弱小蔵」は転機を迎えていた。02年、吟醸酒に本腰を入れ始めた。

 洗米、蒸し、麹(こうじ)の温度管理。醸造知識や技術を必死に学んで造りを支えたが、目指す味や香りに届かない。蔵元の父と意見をぶつけ合い、ベテラン杜氏(とうじ)を苦しめもした。「蔵を守るのは私」「いずれ廃業か」。固めたはずの覚悟が不安で揺らぐ。慣れない仕込み作業の疲れは増した。

 3年後。吟醸酒「古伊万里」は全国新酒鑑評会で金賞に輝く。受賞後、広島県であった利き酒会は、父も杜氏も蔵人も瓶詰めのパート女性も一緒になって祝い酒に浸った。

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 その古伊万里をベースに考案したのが「前」。08年から、地酒専門店など特約店に卸す限定流通酒として販売。徹底した温度管理のもと、造り手が描く「最高のおいしさ」で提供、店主から飲み手の反応が直接伝わり「造り手の意識も高まる」という。

 同年に結婚した夫の悟さん(46)は、旅行会社勤務で培った営業センスで販路開拓を支える。佐賀市の飲食店に入った悟さんに、蔵の専務とは知らぬ店主が「前」を薦めた“逸話”を夫婦で喜んだ。

 11年、父の健三さんが亡くなり、4代目蔵元に就いた。7歳の一人息子の無邪気な姿に「10年、20年先の蔵」を思う。従業員の負担減のため工程の一部自動化に着手。今季からは高齢で引退した杜氏の後継も担う。「造る人、売る人、飲んでくれる人。誰が欠けても良い酒はできない」。「和」の墨書が蔵を見守る。

 ◆感銘を受けた「一献」 20年近く前、視察に行った秋田県大仙市の刈穂酒造で「刈穂 活性純米酒 六舟」に出合いました。発泡性のスパークリング日本酒。当時このような酒は珍しく、シャンパンのような風味に驚き、新たな造りに挑戦する気風に感じ入りました。

 第3回「世界を酔わせる花酵母」

=2017/01/06付 西日本新聞朝刊(佐賀)=

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