「楽しい時間」売る店に 醸し人物語(7)

西日本新聞

 足を運ぶたび「新顔」に目がいく。特に冷蔵庫。「しぼりたて生原酒」に「純米活性にごり」…。おもちゃ売り場で心ときめかせた子ども時代の感覚を思い出す。

 佐賀城跡の堀端にある地酒処山田酒店(佐賀市赤松町)。どれにしようかと迷い、1本握りしめてもまだ悩んでいそうなお客さんに、店主の山田晃史さん(48)がそっと声をかける。「これは、搾る前に垂れてくるお酒を瓶詰めしたばかり。蔵開きに行ったような香りがしますよ」。おおっと満足そうに笑ってもらえる瞬間がたまらないという。

 酒の好みだけでなく、飲む際の食べ物を聞いて「一本」を選び、料理を引き立たせる飲み方もアドバイスする。「だまって売るならコンビニやスーパーでも一緒。ここで試飲したようなライブ感を味わってもらいたいんです」

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 祖父の代からの酒店は、祖母と母がほそぼそと切り盛りしてきた。3人兄弟の末っ子で、高校卒業後は家電メーカーの営業職に就いた。

 大型量販店が進出し始めた頃。町の小さな電器店の苦境を肌で感じていた。同じ波は酒販業界にも訪れる。それでも20代半ば、家業を継ごうと決めた。生まれつき体が弱く、小学校入学前に大きな手術を受けていた。母や祖母の苦労を見てきたからこそ、育ててくれた恩返しがしたかった。

 借金を背負い「どん底どころかマイナスからのスタート」。地道に営業に回っても、安売り量販店にかなうべくもない。もがいていた頃、その人は現れた。富久千代酒造(鹿島市浜町)の蔵元、飯盛直喜さん(54)。取引もない蔵なのに「佐賀を代表する酒を造るから、一緒に売ってくれる酒屋になってほしい」「だまされたと思って一日空けてください」と口説かれた。

 一緒に出向いたのは北九州市の地酒専門店。蔵元と信頼関係を築き、納得した酒だけを置く。造る人、売る人、飲む人が和気あいあいと、酒の未来を語り合う店だった。

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 全国的に人気が出た銘柄を置けば武器にはなるが、すでに扱う店からは恨みも買う。それよりも地元の蔵元と、一緒においしい酒を育てていけばいい-。“先輩店主”の言葉が、すとんと胸に落ちた。

 同世代の県内の若手店主4人と飯盛さんの5人で「新しい酒」(後の「鍋島」)の構想を練った。同時に専門店への衣替えも進めた。まずは地酒を扱う問屋から仕入れ、徐々に地元の蔵元との関係を広げた。日曜大工で店舗を改装し、冷蔵庫は当初、隣の青果店から譲り受けたものを使っていた。そして、今がある。

 「酒質、品格、蔵元の思い。それらをきちんと伝えられる酒屋、楽しい時間を売る酒屋でありたい」。フランスワインでいうボルドー、シャンパーニュと並ぶ、日本酒の「佐賀」。そう称される日を夢見ている。

 ◆忘れられない「一献」 代後半の頃、福岡での酒の勉強会で出された「満寿泉」(桝田酒造店、富山市)の大吟醸。冷蔵庫で5年寝かせたものでした。後に勉強のために飲んだ高級シャンパンにも同種の高貴な香りを感じました。「鍋島」にも時折、現れます。

 第8回「香りが開いた蔵への道」

=2017/01/12付 西日本新聞朝刊(佐賀)=

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