特別養子縁組を考える<下>血縁なくても「みんなうちの子」 里子、実子…一緒に暮らして家族に

西日本新聞

 福岡県柳川市の市職員高口茂雄さん(49)と、英会話教室主宰のルースさん(47)夫妻は7年半前、特別養子縁組で生まれたばかりの裕志君(7)を迎えた。夫妻とその実子、里子に囲まれて育った裕志君はもうすぐ小学2年生。高口さん一家を訪ね、特別養子縁組がつないだ親子の絆を見つめた。

 裕志君は学校から帰宅するなり、我慢できなかったのか庭の花壇で立って用を足し始めた。ルースさんが面白がってのぞくと、「本当のお母さんじゃないけん、見ちゃいけーん」。

 血がつながっていない親子であることを、2歳のころから絵本「ももたろう」で説明した。最近は理解し始めたのか、試すようなことを言うようになった。

 ルースさんも負けてはいない。「生まれてくる前から、あんたのお母さんになるのが決まっとったやないね」「じゃあ見ていいよ」

 高口家は6人家族。夫妻に元里子の祥子(さちこ)さん(25)、里子の光君(16)、実子の恵美さん(12)、養子の裕志君。きょうだいは全員、血がつながっていない。

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 2人が養子縁組を考えるようになったのは、長い不妊治療が実り、2004年に恵美さんを出産した後だった。ルースさんは米国出身の8人きょうだい。子どもたちに囲まれ、お母さんとして生きたい-。そんな望みをかなえるのに、不妊治療に再び挑戦するのはあまりにつら過ぎた。

 赤ちゃんの置き去りがニュースになると、その警察署に「僕たちに育てさせてください」と電話した。その縁で児童相談所(児相)に里親登録もした。

 06年には、中学生だった祥子さんの養育里親となった。08年には「こうのとりのゆりかご」を運営し、赤ちゃんを育てられない妊婦の相談支援をしている慈恵病院(熊本市西区)に、「赤ちゃんを迎えたい」とメールを送った。すると同院からセミナーの知らせが届き、2人で参加した。そこで学んだのは「特別養子縁組は子どもが欲しい大人のための制度ではなく、子どもの幸せのためにある制度」ということ。困っている妊婦の力になりたいという思いも募った。

 09年7月、同院と提携する民間あっせん団体の面接を家族4人で受け、その2カ月後、ある女性のおなかの中にいた裕志君との縁組の話が舞い込んだ。

 同年10月、裕志君は同院で若い母親から生まれた。その日、ルースさんは裕志君とともに入院し、他の産婦と一緒に育児のトレーニングを受けた。名前は「心の広い人になってほしい」と夫妻で付けた。

 特別養子縁組を家庭裁判所に認められるためには、約6カ月一緒に暮らす試験養育期間が必要だ。その間は、「親子」に法的なつながりはない。ルースさんは「育児をしながら『本当のお母さんが同意を撤回したら、この子と引き離されてしまう』と不安がついて回った」と振り返る。

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 裕志君を迎えた翌年。小学生だった光君の養育里親となり、6人家族になった。留学中の祥子さんは既に成人し、制度上はもう里子ではないものの、今も高口家が実家だ。

 裕志君が特別養子のことを意識し始めても、ルースさんは安心している。「うちは実子が少数派だから。みんなうちの子」。きょうだいの姿から、血はつながらなくても家族なのだと伝わっていると信じる。

 裕志君との関係を周囲にどう話すか、迷いはなかった。祥子さんが高校生のころ、「堂々と育ての親って言ったらいいじゃない」と教えてくれたからだ。

 記者が一家にカメラを向けると、その笑顔はどことなく似ていた。茂雄さんは「一緒に暮らして、同じ物を食べて、同じ体験をして、家族になっていくんですよね」とほほ笑んだ。

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 【ワードBOX】特別養子縁組

 実の親が育てられない子どもを、一定の条件を満たした夫婦が戸籍上の実子として育てる仕組み。民間あっせん団体や児童相談所があっせんを行う。実の親の同意が必要なほか、原則6歳未満が対象など、厳格な要件がある。養育里親制度は、里子が原則18歳になるまでの養育を行政が里親に委託するもので、戸籍上の親子関係はない。


=2017/03/29付 西日本新聞朝刊=

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