震度7 緊迫の5日間 熊本県唯一の基幹災害拠点・赤十字病院 急患1397人 対応追われ

西日本新聞

 ●トリアージ、治療で混乱

 熊本地震の発生から間もなく1年。病状悪化などの震災関連死を含め犠牲者222人、負傷者2676人(3月30日現在)と甚大な被害が出た。当時、熊本赤十字病院(熊本市東区)は、熊本県唯一の基幹災害拠点病院として負傷者の治療に当たったほか、病気などの救急患者も受け入れた。停電などライフラインが寸断する中、どう対応したのか。福岡市で講演した同病院看護副部長の浦田秀子さん(59)が地震直後の緊迫した院内を振り返った。

 「『こんな時間に行くの』と言う親を振り切り、車で病院に向かいました。途中で何度もバウンドして…。道路が湾曲していると気付きました」。3月13日、福岡赤十字病院(福岡市南区)で催された市民公開講座。浦田さんは約180人の聴衆に語り始めた。

 昨年4月14日午後9時26分、前震が発生。搬送された負傷者は予想より少なく、それでも浦田さんは同僚と一緒に2日間、院内を駆け回った。落ち着いた後、山鹿市の実家に行き、その直後の16日午前1時25分、本震が襲い、病院にとんぼ返りした。

 病院の災害対応マニュアルは、被災範囲や重大性に応じて「災害レベル1~3」を設定。県内で震度5強以上の地震があった場合には職員の「自主参集」を定めている。病院は前震の10分後、最高のレベル3を発令。全館を「災害モード」にして外来診療をストップし、救急患者の受け入れと入院患者のケアに専念した。約1400人の職員のうち半分超の756人が駆け付けた。

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 だが、全館が停電した本震では大混乱に陥った。入院患者のいる本館は自家発電に切り替わったものの、治療拠点の救命救急センターは真っ暗に。全館でガスも水道も止まった。「想定外」が続く中、救急車で、ヘリで、自ら歩いて、刻一刻と増えていくけが人…。

 浦田さんによると、本館玄関を重症、中等症、軽症などと治療の優先度を決める「トリアージ」のスペースに充て、その先の中央廊下を重症度別の治療スペースとして対応。「重症者は人工呼吸器などで救命処置をし、骨折などの中等症は待合席の長椅子をベッド代わりにして治療しました。軽症者は手当てして3日分の薬を渡しました」

 災害モードを解除した18日午前8時半までに計1397人を受け入れ、うち心肺停止状態が3人、そのまま入院したのが143人。4分の3は軽症で、治療後に自宅や避難所に戻った。

 本震直後に集まった職員は654人。2度の激震による状況悪化で前震より減ったが、家屋の下敷きになり、中学生の息子に助け出された後で駆け付けた看護師もいたという。

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 災害拠点病院には被災地や避難所での医療支援も求められており、2度の震度7を観測した益城町に災害派遣医療チーム(DMAT)や救護班を派遣した。

 しばらくすると、エコノミー症候群が疑われる被災者が目立つようになった。17~27日に搬送された29人中、21人は車中泊、6人は避難所生活。「対策チームをつくり、駐車場などを回って水分補給や体操を呼び掛け、弾性ストッキングも配りました」。避難所でノロウイルスの集団感染が発生した際には、仮設トイレに手洗い設備を作るなど衛生面を保つ感染症対策に力を入れた。被災地入りした全国のDMATや赤十字病院職員が院外活動を支え、不眠不休状態だったスタッフも休日が取れるようになったという。

 「支援物資がたくさん届き、入院患者には一食も欠かさず食事を提供できた。私たちも朝晩おにぎりをいただき、ありがたかった」と浦田さん。「ひとつの病院、ひとつの県でできることには限界がある。日ごろからのネットワークづくりが大切と感じました」


=2017/04/01付 西日本新聞朝刊=

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