<56>焼き肉テーブルで食す一杯 幸陽閣(佐賀市)

西日本新聞

組み込み型の無煙ロースターが備え付けられているテーブルで川上悟さんは「かなりお金がかかりましたが、使うことはありませんよ」と笑う 拡大

組み込み型の無煙ロースターが備え付けられているテーブルで川上悟さんは「かなりお金がかかりましたが、使うことはありませんよ」と笑う

佐賀市下田町3の31。ラーメン570円、卵入りラーメン620円。午前11時~午後8時。月曜定休。0952(24)5084。

 佐賀市中心部から少し離れた国道沿いにある「幸陽閣(こうようかく)」は一風変わっている。店内にカウンターはなく、ボックス席と小上がり席があるだけ。しかも各卓には無煙ロースターが備え付けられている。今にも焼き肉が出てきそうだが、メニューはラーメンのみ。この“焼き肉店っぽいラーメン店”には理由があった。

 店主の川上悟さん(71)とラーメンとの関わりは半世紀ほどさかのぼる。「毎日決まったことをするのが嫌。自分で商売をしよう」。和歌山でサラリーマンをしていた23歳の川上さんはそう決意。「簡単だろう」と選んだのがラーメンだった。行動は早い。古里に戻り、佐賀ラーメンの源流の一つ「一休軒」の門をたたく。「当時から人気。習うならここと決めていた」。約4年間修業し、スープ作りのいろはを学んだ。

 1974年、佐賀駅近くに「幸陽軒」を構えて独立した。最初は苦労したが、店を市随一の歓楽街、愛敬町の近くに移してからは徐々に売れ始めた。81年ごろには愛敬町の真ん中に再び移転した。深夜まで客足の絶えない大人気店になった。

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 記者が川上さんのラーメンと出合ったのは佐賀市で勤務していた10年前。飲んだ後に立ち寄った締めの一杯は、濃厚さがありつつ、豚骨の柔らかなだしも感じられる絶妙な味だった。一方その頃、既に還暦をすぎていた川上さんの体は限界に近かった。「朝3時まで営業し、昼夜逆転の生活。体がもたなくなった」と振り返る。2008年3月、幸陽軒は惜しまれつつのれんを下ろした。

 転身も早かった。「焼き肉だったら年をとってもできるかな」。閉店から2カ月後、現在の場所で「幸陽閣」として再出発した。焼き肉店主として老後を過ごすつもりだったが、思い通りにいかないのも人生だ。店にはかつてのファンも来てくれた。ありがたい反面、必ず要望された。「ラーメンば出してよ」-。

 半年後、根負けした。ずんどうを買い直し、ラーメンをメニューに加えた。1年ほどは焼き肉とラーメンを提供していたが「両方は大変」と看板、メニューから「焼き肉」を消した。「あきらめも早か性格やけんですね」と笑う。

 久々の一杯。大きめの器にたっぷりと注がれた熱々のスープを口に含む。強さがありながら、しなやかさも共存するかつての味だ。佐賀らしいやわめの麺もこのスープに合う。

 昔、一休軒のラーメンを食べたことがあるが、川上さんの味は全く違う。「同じ材料で、同じように作っても違う味になる。個性が出るんでしょうね」。そして川上さんは続けた。「ラーメンはむずかしかよ」。この世界に入って半世紀。今の偽らざる思いなのだろう。 (小川祥平)


=2017/04/06付 西日本新聞朝刊=

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