【変わり続ける世界】 宮本 雄二さん

西日本新聞

◆何を守り変革するのか

 昨年、英国民が欧州連合(EU)離脱を選択し、米国民がトランプ大統領を選出すると、これまで世界の秩序を支えていたものが大きく揺らぎ始めたと世界中が感じた。今年、ヨーロッパで選挙が続く。右派の台頭により既存の秩序を揺るがす流れが加速するかどうかが大きな関心を集めている。オランダでもフランスでも右派が政権を奪取することはなく、世界は一安心しているように見える。だが私にはそもそもが、騒ぎ過ぎのように思えてならない。

 それは欧米の国民が、国内の民主的制度や戦後の国際秩序そのものを否定しているようには見えないからだ。この国際秩序は2度の世界大戦という人類の悲惨な経験を踏まえてつくり出されたものである。そして自由貿易を中心とする経済の自由主義を一つの原則とした。国連憲章が体現している平和主義と自由民主主義をもう一つの原則にした。そうしないと大国間の戦争が起こってしまうからだ。欧米の国民が反対しているのは、物事の“行き過ぎ”に対してであって、戦後の国際秩序そのものではない。

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 この経済の自由主義が経済のグローバル化をもたらし、それが国内の格差を拡大したとよく言われる。しかし格差をグローバル経済のせいにする必要はない。経済のグローバル化は、中国を含む多くの開発途上国に資本と技術と仕事をもたらし、世界経済の発展に大きな貢献をしている。先進諸国経済も、そこから大きな利益を得ている。国内格差を是正する問題は、各国政府がそれぞれの国内措置でやるべき話であり、それに取り組まなかったか、不十分な点が問題なのだ。

 英国民がEU離脱を決めた最大の理由は、ポーランドからの移民の増大にあると言われる。民主主義の基本的人権の一つに移動の自由がある。EUは、それを実現しようとして移民問題が生じた。だが日本国憲法においても「居住、移転」の自由は、「公共の福祉に反しない限り」認められることになっている。つまり制限付きの自由なのだ。欧州国民の反発も、物事の行き過ぎに対して起こっている。

 結局のところ、ルールをどう適用するかという、そのさじ加減の問題なのだ。この国民の反応の背景には、エスタブリッシュメントと呼ばれる社会を牛耳ってきたエリート層に対する深い不信と反発がある。彼らがグローバリズムを推進し、EUに代表される多国間主義を強調し、しかも国内の格差の是正に失敗したのだ。その結果、エリートたちはさらに豊かになったのに、多くの国民は貧しくなってしまったと感じた。だから米国でトランプ大統領が登場し、フランスにおいて中道・無所属のマクロン氏が大統領に選ばれた。既存の政治に対する強烈なノー出しであった。

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 留意しておくべきは、この挑戦は、民主主義のプロセスを通じてなされているという事実である。このプロセスを経て現状が是正され新たな均衡点に達すれば、それは民主主義のさらなる成熟であり発展だ。米仏英の既存の二大政党がどう変貌を遂げるのか、情報化社会においてどのような形で民意を形成し、吸収しようとするのか、政治の仕組みをどのように変えるのか等々、その結果が重要なのだ。

 つまり欧米の民主主義は今も進化しているということである。それは国民が自分で考え行動した結果である。民主主義とは、何を守り変革するのか、国民が考え行動することでつくりあげていくものなのだ。その根本に憲法がある。逆に言えば国民が考えた結論が憲法になると言うことだ。それが民主主義であり、「主権在民」とはそういうことなのだ。国民の責任も重い。

 【略歴】1946年、福岡県太宰府市生まれ。県立修猷館高校-京都大学法学部卒業。69年に外務省入省。中国課長、アトランタ総領事、ミャンマー大使、沖縄担当大使などを歴任。2006年から10年まで中国大使。著書に「習近平の中国」など。


=2017/05/21付 西日本新聞朝刊=

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