ヤンゴン(ミャンマー) 金色の仏塔 聖なる丘

西日本新聞

 聖地の名にふさわしい不思議な磁場を感じた。ミャンマーの最大都市ヤンゴン中心部にある小高い丘の上で金色の輝きを放つ仏塔「シュエダゴン・パゴダ」。市街地の深刻な交通渋滞を抜けてたどり着いた一角には、老若男女が引き寄せられ、祈り、笑い、生きる姿があった。

 夜の繁華街でもネオンの看板や電飾はまばらなヤンゴン。そんな中でも、この巨大な黄金の建造物だけは毎晩ライトアップされ、夜の闇に浮かび上がる。停電が珍しくない電力事情を横目に、国民のあつい信仰に支えられ、敷地内には喜捨で自家発電が完備されているという。

 同パゴダによると約2600年前、インドで悟りを開いたブッダの聖髪を、この地に祭ったのが起源とされる。その後、仏教の布教が進むにつれて建物も拡張。中央部の仏塔は地上約100メートルあり、15世紀ごろには現在の高さになったという。ヤンゴンではこの塔より高いビルを建てるのはご法度だそうだ。

 入り口で素足になり境内に入る。巨大仏塔を取り囲むように大小さまざまな仏塔や廟(びょう)が林立する。月曜、火曜…と1体に一つ曜日を記した仏像が8体あった。水曜日だけ午前と午後の区別があるため、1週間分で計8体。さて、これは何だ? 「自分が生まれた曜日の仏像に、年の数だけ水をかけると御利益があります」とガイド氏。

 なるほど。スマートフォンで検索し、自分が木曜生まれと知る。同じ曜日に生まれた人たちに交じり、水瓶からくんだ水を器で仏像にかけること37回。少しミャンマー人に近づけた気がした。

 パゴダ周辺では、厭世(えんせい)的な響きのお経がスピーカーから流れる。地面に座り、黙々と経文を読む人もいれば、デートに興じるカップルもいる。単に暇な人も。聖地とはいえ、憩いの場の気楽さが漂う。

 軍事政権下で軟禁されていたアウン・サン・スー・チー氏がミャンマーの実質的な指導者となり約1年。「アジア最後のフロンティア」として欧米や日本の企業が次々と進出し、市街地は建設ラッシュに沸く。丘の下の猛烈な変化とは一線を画し、長年ヤンゴンを見守ってきたパゴダに集う人々の姿は素朴で、ホッとさせられた。

 帰り際、大音量で響き渡るお経にすごい発見をしてしまった。「アジア~はダメ~だ~。アジアはダメダメ~」。日本語にしか聞こえないフレーズが繰り返されているのだ。「空耳だよな」と頭を振りつつ、こんな脱力感さえ似合うミャンマーを、さらに好きになった。

 ●メモ

 ヤンゴンへは成田国際空港から直行便があるが、九州からはないため、福岡からタイ・バンコクを経由するのが一般的。ヤンゴンでは経済発展に伴ってホテルが増え、携帯電話も急速に普及するなど旅行者の利便性は高まっている。また、イラワジ川中流域の東岸に位置するバガンも「世界三大仏教遺跡」の一つに数えられ、欧米人に人気の観光地になっている。

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 ●寄り道=軟禁の舞台は撮影スポットに

 ミャンマーと言えば、多くの人が真っ先に思い浮かべるアウン・サン・スー・チー氏。軍事政権下での計15年にわたる自宅軟禁に屈することなく民主化運動を続け、2016年3月には、ついに国家顧問として実質的な指導者となった。

 スー・チー氏が軟禁された自宅は、ヤンゴン市民に愛されるインヤー湖のほとりにある。近くに米国大使館やショッピングモールがある一等地。中は見学できないが、国民的英雄である父アウン・サン将軍の肖像を掲げた門は記念撮影のスポットになっている。

 高い塀と広々とした敷地からは豪邸であることが一見して分かり、軟禁のイメージとのギャップにやや面食らった。ただ、スー・チー氏が率いる政党NLD(国民民主連盟)のシンプルな看板にミャンマーの歴史が刻まれていると思うと、興味深い。

 ちなみにスー・チー氏は現在、国家顧問として首都ネピドーにいることが多く、ヤンゴンにはほとんどいないという。


=2017/05/29 西日本新聞=

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