赤身肉(上) 揺らぐ霜降り信仰 変わる味わい方 低脂肪など健康志向も

西日本新聞

 昼下がりの牛舎に涼しげな風が抜ける。気持ち良さそうに牛が鳴き声を上げた。宮崎市から北へ約30キロの宮崎県新富町。「一番くつろいでいる時間ですね」。自慢の黒毛和牛に矢野拓也さん(34)が目を細める。

 県が種牛の管理などを通して「最高の霜降り肉」宮崎牛のブランド化を進める中、矢野さんは脂身の少ない赤身肉をつくるため4年前、ここに生産から販売を手がける「ミート工房 拓味」を設立した。程近い都萬(つま)神社(西都市)から取ったブランド名は「都萬牛(とまんぎゅう)」という。

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 赤身肉を目標にしたのは、獣医師として長年畜産に関わってきた父、安正さん(66)の言葉がきっかけだった。2010年、宮崎を襲った家畜伝染病・口蹄疫(こうていえき)による殺処分のため地域の牛はいなくなった。「ゼロからのスタートなら、これまでのやり方を変えてはどうか」

 霜降り肉が象徴する高級ブランド和牛は、日本の畜産業界が貿易自由化の荒波を乗り切る切り札となってきた。網の目状に入った脂身「さし」の美しさとおいしさは、海外でも「芸術品」と呼ばれる。

 脂分が50%を超えるものもあり、さしを増やす飼育技術は進んだ。ビタミンコントロールがそれだ。脂肪細胞の増殖を抑えるビタミンAをあえて制限し、支障のない範囲で欠乏症にするとさしが増える。ただ過度のビタミン不足は牛の失明や関節炎などを招く。安正さんは「健康に飼った方がいいのでは」との思いをずっと抱いてきた。

 東京にいた拓也さんは父親の提案を受けてUターンを決意、米沢牛を生産・販売する山形県の会社で1年間学んだ後古里に戻った。

 生産に入ると、まずは餌を工夫した。トウモロコシなど栄養価の高い穀物などの飼料(濃厚飼料)を通常の約9割から3~4割に抑え、稲わら、焼酎かす、茶などを増やしてミネラルとビタミンに気を配った。肥育期間も一般的な28~29カ月に対し、33~48カ月をかけ「深みとこくを出すよう心掛けた」。

 現在は肥育農家2軒とも契約し、年間計60~70頭を生産する。取引先は順調に増え、都萬牛を看板メニューにした都内のチェーン店や宮崎県内などの飲食店との直接取引が7~8割を占める。残りが店頭や通信販売だ。

 通常の流通に乗せていないのには訳がある。脂の入り具合や色合いなど見た目を基準にした現在の牛肉の格付けでは、最高ランクのA5に対して都萬牛は大半がA2。価格はA5の7割程度とされ、採算割れになってしまうからだ。

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 「肉の味わい、しっとり感も良く顧客から喜ばれています」。福岡市内で唯一、都萬牛を扱う焼き肉店「金剛園」(東区八田)の佐竹伸一朗店長(33)が言う。

 牛肉のおいしさは赤身と脂のバランス。近年は50~60代の顧客を中心に、脂の甘味や軟らかさが特徴の霜降り肉から、肉のうま味やかみごたえを味わう赤身肉へのシフトを感じる。都萬牛はそんな客の人気を得ているという。背景には低脂肪、低カロリーを好む健康志向の高まりがある。

 人気は市場価格にも表れている。国の食肉流通統計では、A5とA3の和牛枝肉の卸売価格を比べると、その差は11年から14年で1キロ当たり700円から350円に縮まった。

 「本当にA5がおいしいですか」と矢野さんは問い掛ける。「宮崎牛の関係者でさえたくさんは食べられないと言います。赤身肉の方がたくさん食べられる、と。じゃあ、どっちがおいしいんですか」

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 最高の牛肉といえば、さしの十分入った霜降りだった。赤身肉の人気の高まりとともに「霜降り信仰」に揺らぎが見える。変化の現場を訪れた。


=2017/06/28付 西日本新聞朝刊=

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