一歩踏み出す勇気。ハガキがラジオで読まれたことで動き出した、若者の物語

西日本新聞

 「何をすればいいのかわからない」と悩んでいる若者は多いと思う。そんな人でも、本当はなりたい夢があるはずだ。野球選手、サッカー選手、歌手、漫画家、俳優、お笑い芸人などなど。けれど、自分には才能も自信もないから、あきらめる。そんな感じで人生を決めてしまっては、とてももったいない。実際のところ、才能があるとか、世の中に受け入れられるとかは誰にもわからないのである。大切なことは、一歩踏み出す勇気である。

 著者のせきしろ氏は、豊かな文章力が人気の文筆家。本書は彼の自伝的小説だ。舞台は1990年で、主人公の「私」は19歳。さぞかし、この頃から才能に溢れていたのだろうと思って読むと、まったく異なる姿に驚く。社交性も友達もお金も、夢も才能も何にもないのだ。まさに暗黒の青春時代である。

 そもそもは、友人に「お笑い芸人を目指そう」と誘われ、高校卒業後に上京したのがスタートだった。ところが、その友人が学業を優先させると言い出したため、異郷の地で途方に暮れるはめに。孤独に拍車をかけていく中で、癒しとなったのがラジオだった。ずっとラジオを聴き続けるうちに、「コーナーにハガキを送ってみようか?」と思うようになる。

 ある日、高校時代に思いついた面白いネタが、急によみがえってきた。「もしかしたらいけるかも」とその気になりハガキを書き終えたとき、「これは読まれるな」となぜか謎の自信が生まれた。

 数日後、ドキドキしながら目当ての番組を聴く。パーソナリティが「続いては東京都……」と読み上げたものは、なんと自分が送ったハガキだった。「うおっ!」と思わず声を上げる「私」。体内の血液がすべて頭に流れ、今まで経験したことがなかった高揚感に包まれた。興奮したまま外へ出て、深夜の東京をぶらついていると、ずっとまとわりついていた憂鬱が消えていることに気付いた。何もないと思っていた自分にハガキがあったのだ。その後はハガキを投稿することが生活の中心になっていく。

 それからも、「私」には平坦ではない道のりが続く。ハガキが読まれないこともあるし、採用されたとしても一円もお金になるわけじゃない。だが、ひたすらハガキを送り続けた末に、今の売れっ子作家せきしろがあるのは事実である。成功に才能は不可欠ではあるが、まずは一歩踏み出す勇気がどれだけ大切か、それを本書は教えてくれる。


出版社:双葉社
書名:1990年、何もないと思っていた私にハガキがあった
著者名:せきしろ
定価(税込):1,512円
税別価格:1,400円
リンク先:http://www.futabasha.co.jp/booksdb/book/bookview/978-4-575-24041-2.html


西日本新聞 読書案内編集部

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