【歴史問題再訪】 宮本 雄二さん

西日本新聞

◆近所付き合いのマナー

 2014年1月の本欄において外交問題としての歴史問題を論じた。そして歴史問題について日本が自ら進んで外交問題にすることは外交的に間違っていると主張した。なぜなら外交問題になれば、それは各国の国内政治の問題となり、各国の世論が外交に影響を与え、結局、日本に勝ち目はないからだ。この判断は今日においても正しい。歴史問題は日本対全世界の問題となり、全世界を敵に回してしまうのだ。故に責任ある立場に身を置く人たちは、その発言と行動に慎重を期していただきたいと切に願う。

 この2年7カ月で、世の中は大きく変わった。15年の戦後70周年は、歴史問題において一つの分水嶺(れい)になったのではないかという気がしている。これまで歴史問題がイデオロギー対立の場に持ち込まれたために、日本社会の多くの人たちはその問題から身を引き、口を閉ざしてきた。ところが、戦後70年談話に関する有識者会議の開催を契機に、主流の歴史学者の学問的見解がマスコミを通じ広く伝えられた。そして戦後50年の村山談話を中核とする日本政府見解の大きな枠組みの中で、安倍談話が発表された。主流の歴史学者の見解が、日本社会に定着したと言って良い。

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 中国においても大きな歴史観の転換が進んでいた。毛沢東時代の「勝者の歴史観」から江沢民時代に「被害者の歴史観」に転換していたものを、習近平主席は15年に「勝者の歴史観」に戻したのだ。つまり中国は第2次世界大戦の戦勝国であり、国連を中心とする戦後国際秩序も中国が参画して決めたということになった。その「中国」が国民党なのか共産党なのかということはあえて問わないことにした。中国経済の空前の大発展という実績から来る共産党の自信の表れであるし、中国社会の世代交代を意識した結果でもある。共産党がなぜ中国を統治するのかという、いわゆる「統治の正当性」の問題について、抗日戦争を中心とした歴史上の功績から、国造りの成果の誇示と将来どういう社会をつくりあげるのかという課題の達成に重点を移した。だから中国の恨み節もあまり聞こえてこなくなったし、日本を昔ほど悪者に仕立て上げる必要もなくなった。

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 加害者は「加害の歴史」をすぐに忘れるが、被害者は「被害の歴史」を簡単には忘れない。これは、人類共通の傾向だ。日本人は、いつまでも文句を言われる筋合いはないと開き直りたくもなろうが、ぐっと踏みとどまってほしい。やはり正確な歴史から正確な教訓を学ばないと国は滅びる。隣に住む人たちが心に痛みを感じているのであれば、それを理解してあげるのも近所付き合いの
“マナー”だと考えても良いのではないだろうか。おわびではなく、いたわりのために歴史を知る努力をしても良いのではないか。

 被害者の方も、正確な歴史から正確な教訓を学ぶ必要がある。日本が中国を侵略したのは、大きな時代の流れを読み間違えたからで、日本や日本人が元来、侵略的だからではない。だから中国も時代の流れを読み間違えてはならない。戦後、とりわけ日中国交正常化後、日本人は中国に対する敬意とおわびの気持ちを持って中国の「現代化」に誠心誠意、協力した。改革・開放政策の成否を決める1980年代から90年代にかけて、日本の協力がいかに重要な役割を果たしたか公正に評価し、国民に伝えるべきである。

 世界中、異常気象だ。天変地異が起こったとき、コミュニティーがまとまっていないとうまくいかない。そのためにも日頃の付き合いは大事だ。いざというときのためにも、お互いに近所付き合いのマナーを磨きたいものだ。

 【略歴】1946年、福岡県太宰府市生まれ。県立修猷館高校-京都大学法学部卒業。69年に外務省入省。中国課長、アトランタ総領事、ミャンマー大使、沖縄担当大使などを歴任。2006年から10年まで中国大使。著書に「習近平の中国」など。


=2017/08/06付 西日本新聞朝刊=

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