自由帳(1)「生きる力」とは 問い続け 「北九州子どもの村小中学校」教員 赤瀬明子さん
カルスト台地が広がる北九州市小倉南区の平尾台。そこに、ちょっと変わった学校がある。「北九州子どもの村小中学校」。公教育とは一線を画す「オルタナティブ・スクール」(もう一つの学校)だ。
小学校長から転身 自立と共生見つめ
市の教育特区制度を活用し、2006年に開校した。英国のニイル、米国のデューイといった20世紀の教育実践家の取り組みをモデルにした私立学校。九州・山口から集まった小中学生102人の半数が、寄宿生活をしながら学んでいる。
授業カリキュラムの柱は「プロジェクト」と呼ばれる体験学習。小学校では本年度、ファーム(農業)、ものづくり、劇団の三つが設定された。何をどう学ぶか? 公立学校では、国や学校が決めるが、この学校では子どもたちが自主企画・運営する。異学年混合のクラスで授業は進められ、教員はその「一員」として課題を出したり、助言したりするだけだ。子どもの自主性を尊重する。
かなり「特異」にも映るこの学校に今春、新たに1人の教員が着任した。元公立小学校長の赤瀬明子さん(57)。もう1校校長を務めて定年という人生があっただろうに、転身の背後には何があったのか。
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「これからの時代、子どもたちに求められている『生きる力』。それを考えるヒントが、この学校にあるように思えて」
赤瀬さんは長崎県内の小学校に長年勤務。37歳で教頭になり、10年から2校の校長を務めた。ゆとり教育が完全実施された02年、学習指導要領に掲げられたのが「生きる力」。21世紀の知識基盤社会を生きるうえで、子どもたちに必要なものは、知識の量やテストでの忠実な再生力ではなく、「実生活への活用力」(問題解決力)とする考え方である。
学校現場ではこのころから「学力強化」のうねりが高まる。「あなたの学校、全国学力テストの結果がこれですよ、と言われるようになった。類似問題を解くような対策もしたけれど、これでいいんだろうかって」
そのころ、子どもの村小中学校を運営する学校法人の堀真一郎学園長(74)の講演を聞き、衝撃を受けた。子どもが造る滑り台、レストラン、子どもが実施の可否から話し合って決める修学旅行…。もう一つの教育の可能性を感じ、一教諭としてこの学校に飛び込んだ。
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取材で訪ねた6月。赤瀬さんは体育館で、4年生8人と一緒にこんな授業に取り組んでいた。「小道具を使わず、一言も発せずに『別れ』を演じる」。演技指導に学校を訪れる、プロの役者から投げかけられた課題だという。簡単そうで難問だ。
心情理解、プレゼンテーション力(表現力)、場面を組み立てる思考力、人前で演じる勇気といった力も求められる。でも、しばらくすると授業はざわつき、熱が入らない子どもも出てきて、赤瀬さんも苦笑い。「子どもたちが自ら考え、自ら学ぶ…。どうやったら、そんなやる気を引き出せるんでしょうね」
「これまでの学校の常識が通じず、1日に何度も目からうろこが落ちる日々」だという。
あるとき、2年男児に尋ねられた。「何でいつも笑っているの?」。「あいさつと笑顔」はこれまで指導の決まり文句だったが、はっと気付かされる。「笑顔って、人と人のつながりがあって初めて、自然に生まれるものですからね」
「生きる力」って何ですか? 赤瀬さんに最後、そう質問を向けると、しばらく考えてこう話した。
「自分一人でも問題を解決できる。でも、誰かに頼ったり、頼られたりすることも大切。そんな自立と共生につながる力だと思います」
先生とは、学校って何? 赤瀬さんはそんな自問を、一人の教員として続けているようだった。
◆ニイルとデューイ ともに20世紀の教育実践、教育哲学者。
ニイルは英国で新教育運動を主導した。設立した寄宿学校「サマーヒルスクール」では、精神分析理論に基づき、子どもたちの自由と自制を尊重。生徒と教師が対等な関係で運営する自治会を中心に、新たな学校・授業運営を試みた。
デューイは、米国シカゴ大学付属学校で教育実践を重ねた。子ども自身の経験が独創力を高め、能動的な学習を促すとし、現代の問題解決学習の一つのモデルにもなっている。子どもにとっての経験の意味と学校や教師の役割について考察した。
=2017/07/30付 西日本新聞朝刊(教育面)=