91歳 料理家 桧山タミさん 伝えたい生き方 初の著書に 台所で幸せな「おいしい」探し

西日本新聞

 その料理教室はレシピがない。「きょうはエビと魚があるけど何作る?」といった調子で始まる。20~70代の幅広い世代が学び、中には約50年通う塾生もいる。福岡市中央区の「桧山(ひやま)料理塾」。教壇ならぬ台所に立つのはその道74年の料理家桧山タミさん(91)だ。

 「何ですりごまとか買うと? 煎(い)ったゴマをすり鉢とすりこぎで、すって使ってごらん。全然違うよ」

 風味豊かなごまあえに塾生は「ほんとう」のおいしさに気付き、手間を愛(いと)しむ大切さを知る。

 同時に手間が重荷になってはいけないとも。「手間をかけなきゃって義務感で料理すると心が疲れるよ」。忙しい人は時間を短縮しても心を抜かない工夫を学んでほしい。「季節の野菜は蒸すだけで十分おいしいでしょ」

 レシピの分量、時間などの数字は目安に過ぎない。暑い中で運動した日と、雨で読書した日では塩加減も違う。おいしい味は作る人の舌や鼻が決める。

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 料理との出合いは17歳のとき。女学校を卒業後、料理家の草分け、故江上トミさん(熊本県出身)の門下生になった。戦前戦後を通じて38年間師事した江上さんとは欧州など17カ国を巡った1964年の視察旅行も共にした。半年近くをかけた食の旅は「人生の大きな糧」になる。

 その後、何度も世界各地を訪問。地元の料理や食材を体験して「自分の生きる土地に合った物を食べる大切さ」を痛感した。

 日本には「これほどおいしい物はない」という米をはじめ、四季折々の野菜がある。30代で始めた料理教室では当初、西欧料理を教えたが、やはり日本の家庭料理を伝えるべきだと確信した。「毎日の一食一食が家族と自分の命をつなぐ営みだから」

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 幼少のころは病弱だったが、体の調子と滋養を大切に養生したおかげで強い体を得たという。

 80歳のころ膝を痛め杖(つえ)が必要になった。人間も自然の一部。体を冷やさないように心掛け、マッサージでいたわった。筋肉に必要なアミノ酸を十分取れるよう豚足煮を作ってゼラチンを取り出し、毎食みそ汁などに混ぜて食べた。「絶対に自分で治す」と決めて約3年、杖がいらなくなった。「自分で治そうとする人しか治せません。食べ物より良いお薬はないでしょう」

 料理教室は週に3、4日開く。調理器具が並ぶ棚に、お気に入りの銅製ソテー鍋がある。玉ネギをあめ色になるまでじっくり炒めるときはこれに限る。江上さんがパリに住んでいた31年に購入して使っていたのを譲り受けた。

 来客が絶えず「一緒に食べましょうって、みんながいろいろ持って来てくれる」。取材後に頂いた焼き芋も塾生のお届け物。「皮ごと食べると胸焼けしないのよ」。中華せいろで温め直した芋はトロッと軟らかく、甘かった。

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 先月、初めて著書を出した。「いのち愛しむ、人生キッチン」(文芸春秋刊、税込み1566円)。生活習慣、食材の選び方、愛用する道具と無添加調味料などを紹介。「レモン汁などは一度で搾りきる。でないと苦味が加わってしまう」など調理のこつもあれば、「手作りのおやつが作れないと悩まず、愛情を込めたおにぎりでいいよ」と背中を押してくれる助言もある。

 そこには多くの弟子や料理家に目標とされてきた桧山さんの「おおらかに、賢く、健やかに、そしてやさしく」という生き方のヒントになる言葉があふれる。教え子は「人生のお守りのような本」という。

 食が人を育て、絆を強める。台所をよりどころに歩んできた桧山さんの答えだ。きょうも幸せな「おいしい」を探しに台所に向かう。「料理って新しい味、違う味を創れるでしょ。それが面白くて楽しくって」


=2017/08/23付 西日本新聞朝刊=

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