【「セーフガーディング」の浸透】 徳増 浩司さん

西日本新聞

◆スポーツ界が先導役に

 先日、韓国で行われたアジアラグビーの執行理事会に出席した。そこで痛感したのは、今やスポーツの会議も、かつてのように大会の方式やルールを決めるだけではすまなくなったということだ。スポーツには一般社会の問題がリアルに反映されるばかりでなく、むしろ積極的に一般社会の課題解決にも貢献することが期待されている。9時間近くに及んだ会議の議題の一つが、子どもたちの人権を守るための「セーフガーディング」についてだった。

 まだなじみのない用語だが、今後、急速にわが国のスポーツ界にも浸透する可能性がある。語源となる「セーフガード」は、「安全・保護装置」を意味し、これまでは国内産業を保護するために政府が発動する輸入制限などの意味で使われてきたが、広く、弱者救済のために講ぜられる行政・立法措置という意味を持っている。

 スポーツ界で議論されているセーフガーディングとは、特に子どもたちの人権を保護するための規範であり「虐待や搾取をはじめ、子どもを傷つけるどのような行為も許さない環境づくりと、その予兆やSOSを見逃さない取り組み」(公益社団法人セーブ・ザ・チルドレンより)である。

   ---◆---

 世界各地でいくつかの由々しき事例が上がっている。昨年末、英国の元プロサッカー選手が少年時代に受けた性的虐待の詳細を英国紙に告白し、その後の報道でイングランドやスコットランドのサッカークラブで多数の事例が判明して、世界のスポーツ界を揺るがせた。スポーツは本来、明るく開放的で健康的なものであるはずだ。しかし、現実には子どもを守るべき立場の身近な大人による体罰や暴言、虐待などで、子どもたちが深く傷つけられ、問題が見過ごされたまま放置されていることが指摘されている。

 アジアラグビーは特にこのセーフガーディングを重視している。アジア独特の文化的背景から、つい問題を曖昧にしてしまいがちになり、表面化しないケースが少なくないからだ。貧困地域だと、この問題はさらに顕著になる。

 わが国の場合はどうだろうか。スポーツ界の持つ密室性は、ともすれば指導者の逸脱行為につながり、最近では、体罰の告発という形でも話題に上ることが多くなった。これまでも、日本体育協会や文部科学省などの「倫理ガイドライン」などの中でも課題として取り上げられ、通達やガイドラインもあるが、スポーツ界におけるセーフガーディングとしての体系的な取り組みや基本方針はまだない。

   ---◆---

 このような世界の動きを、私たちはスポーツの現場にどう生かしていくべきか。このほど、アジアラグビーでも、セーフガーディング対応を加盟協会の条件の一つとした。子どもを尊重して適切な関係性を築き、問題を未然に防ぐことは、スポーツ指導者が日々努力していかなければならない目標項目、規範だ。統括団体にはそのために必要な指導者教育が求められている。

 もちろん、セーフガーディングが本来の意義を失って過度に強調されると、指導者の自由度が不必要に制約される側面もある。そのバランスをどこに置くのか。国連の「持続可能な開発のための2030アジェンダ宣言」にもあるように、スポーツ界は今や一般社会を反映する一方で、その課題解決に貢献することが期待されている。スポーツ界は、ある意味、一般社会の課題を先取りし解決するための大切な鍵を握っているともいえよう。19年ラグビーワールドカップ(W杯)、20年東京五輪・パラリンピックが近づく中でスポーツ界が、先導役としてその大きな価値を示すチャンスでもある。

 【略歴】1952年、和歌山県生まれ。国際基督教大(ICU)卒、新聞記者を経てカーディフ教育大留学。帰国後、茗渓学園高ラグビー部を率いて全国優勝。95年から日本ラグビーフットボール協会勤務、2015年にアジアラグビー会長就任。


=2017/10/01付 西日本新聞朝刊=

PR

社説・コラム アクセスランキング

PR

注目のテーマ