【日日是好日】人間に生まれた喜び感じ 羅漢寺次期住職 太田英華

西日本新聞

 水涸(か)れて始まる-。田の水を抜き稲を収穫すると、来年の実りへ向けた歩みが新たに始まります。

 どこからかキンモクセイの爽やかな香りが漂います。先代の植えたキンモクセイが大木に育ち、秋の始まりを演出する立役者となっています。夕暮れの残照が、西の空のカンバスを見事な色彩で彩る。ここは生きた美術館です。私の大好きな秋の空が、今年もやってきました。

 先日、本堂前で掃除をしていると、60代半ばの男性二人が、けげんそうな面持ちで腕組みをして本堂を眺めておられました。「いかがですか。本堂2階に上がられては」と申し上げると…。

 「僕はクリスチャン」「僕は無宗教。はっきり言って坊さんが嫌いでね。いつも二人で文句言ってるの」とおっしゃいます。「私も坊さんが嫌いでした。だから、頭をそって坊さんになりました。こんな格好をしていますが、私、ここの山主(さんしゅ)です」

 作務衣(さむえ)姿の私に、お二人は今度は不思議そうな顔を向けます。「坊さん嫌い」と言われた方が口を開きました。「一つ質問していいかな。僕はお墓を作ろうと思わないんだ。骨は大地に散骨してほしいと思っている。間違っているかな」

 「散骨、よいと思います。ただし、あなたの存在を何かに残した方がいいと思いますよ」

 「そう! だから位牌(いはい)は作るつもり。娘が2人いるんだけど、女房と誓ったんだ。子供の前では絶対に親でいようって。だから、僕の生きた証は子供たちに受け継がれるはず」

「私もいつも皆に同じことを言います。お釈迦(しゃか)様もおっしゃっておられます。人間に生まれることは難しいと。その中で縁あって、お父さんになったことは、かけがえのないことです。何を残すかは、どう生きたかだけです」

 お二人はやっと笑い、「今回は2階に上がらず帰るけど、次は子供たちを連れて来るよ。来てよかった」と足取りも軽やかに下りて行かれました。

 別のある日、鹿児島からのお年寄りの団体が来られました。皆さん、「ボケたくない。ボケたくない」とボケ封じのお守りを購入されます。「皆さん。お守りを買っただけではだめですよ。お守りをいつも見て、ボケない努力をしないと効果はありませんよ」

 しばらくして2階の阿弥陀堂から下りてこられた80過ぎの男性が「悩み事がたくさんあり過ぎて…。捨てずに持って帰ります。これは自分の課題です。解決するまで死ねません。阿弥陀堂に行く間に思いました」と。感動した私は思わずおじいさんの手を握り、「素晴らしい。悩みが解決したらまたおいでください」と申し上げました。

 「人間に生まれること、大いなる喜びなり」

 苦しみ、悲しみは全ての人間が味わうこと。そしてその先の幸せを感じるとき、きっとそこには穏やかな心と共に仏様がおられますよ。合掌。

 【略歴】1967年、羅漢寺27代住職の娘として生まれる。高校卒業後、大学進学のため上京。20代半ばから40歳で出家するまでフラメンコダンサーとして活動。出家後、愛知県の尼僧専門修行道場で約5年間、僧堂修行し、2013年3月に帰山。現在羅漢寺28代次期住職として寺を守る。


=2017/10/15付 西日本新聞朝刊=

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