【1強考】9条を問う(上)矛盾残す「自衛隊明記」

西日本新聞

 戦車が公道を進み、小銃を抱えた隊列が行進する。陸上自衛隊が駐屯する九州のある街で、衆院選の公示を数日後に控えてパレードが行われた。市民に親しんでもらおうという毎年秋の恒例行事。沿道の一部から「武装を許すな」「人殺しの道具だ」と声が上がるのも恒例の光景だ。

 40代の女性が複雑な表情で見守っていた。夫は自衛官。以前、一緒に見に行った子どもに「お父さんは何か悪いことしたと?」と聞かれ、うまく答えられなかった。学校の教科書にも、自衛隊を合憲とする政府見解とともに「違憲の議論もある」との記述がある。

 「自衛隊の存在を憲法上に位置付け、違憲かもしれないとの議論が生まれる余地をなくすべきだ」。首相安倍晋三は憲法施行70年の節目を迎えた今年5月3日、改憲を目指す運動体「日本会議」の集会にビデオメッセージを寄せた。女性は「国民に認められれば、夫が誇りを持って働けるようになる」と歓迎する。

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 9条への自衛隊明記-。自民党が改憲について、これほど明確に公約に盛り込んで国政選挙に臨むのは初めてといっていい。「当事者」である自衛隊関係者はどう見ているのか-。元陸自幹部の光永邦保(62)=熊本市=は議論の盛り上がりに期待を膨らませる。

 自衛官からは政治的発言をするわけにはいかない。1978年には制服組トップが「奇襲侵略を受けた場合、現場が超法規的行動を取らざるを得ない」と有事法制の整備を求める発言をし、更迭された。防衛大に入ったばかりの光永は「本当のことは話してはいけないんだ」と衝撃を受けた。

 東西冷戦のただ中、防衛費が年々膨らむ一方、憲法は戦力の保持を認めない。自衛のために必要な最小限度の実力とは何か-。政府が解釈を変えるたびに説明を求められてきたのは、9条があるからだった。

 光永が所属した陸自の任務も変化した。冷戦後は東ティモールの国連平和維持活動(2002~04年)、イラクの人道復興支援活動(03~09年)、16年には安倍政権下、安全保障関連法で「駆け付け警護」が付与された。後輩たちが次々に海外派遣されていった。

 一方、自衛隊法で武器使用は原則、警察官と同じく正当防衛と緊急避難に限られたままだ。「自衛隊は法でがんじがらめ。隊員の命や人権がないがしろにされていないか」。そうした思いに、論戦を通して国民が気づいてくれたら…。

 だが、安倍は解散表明会見で憲法という言葉を口にしなかった。自民党の公約順も6番目。防衛省防衛研究所研究部長だった立命館アジア太平洋大の客員教授、小川伸一(安全保障論)は「安保法制の国会審議で国論を二分し、支持率を落とした。国民の受けが悪いから争点化を避けているのではないか」と分析する。

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 とはいえ、安倍が「国難突破解散」と命名し、かつてない数の改憲派が立候補する衆院選。北朝鮮情勢も“追い風”として、選挙後は改憲ムードが一気に高まる可能性がある。元海自の西川末則(65)=長崎県佐世保市=は「自衛隊が誰も殺さず、殺されなかったのは9条が歯止めになったから。安易に触ってはいけない」と危機感を強める。

 集団的自衛権の行使を限定的に認めた安保法に対する違憲訴訟で、原告に名を連ねる西川。自衛隊にいた身だけに、日本の平和が9条だけでなく、日米同盟を基軸に守られてきたことは理解している。それでも「後輩たちが誰かに殺されるのは耐えられない」との思いに駆り立てられてきた。

 安倍の提案通り、自衛隊を9条3項に明記しても、2項の戦力不保持との矛盾は残る。ムードでは決して解消されない違憲論を引きずることになる。

 九州で勤務する自衛隊幹部は淡々と語る。「国防のプロはわれわれしかいない。憲法に明記されようがされまいが国を守る」。その上で、こう付け加えた。「国民の国防に対する理解が十分とはいえない中で、自衛隊を改憲の道具に利用してほしくない」 =敬称略

=2017/10/18付 西日本新聞朝刊=

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