初代柳川藩主・立花宗茂 甲冑の袖発見 「家臣に与えた」逸話証明

西日本新聞

 福岡県柳川市は25日、柳川藩初代藩主立花宗茂(1567~1642)の甲冑(かっちゅう)の袖「金白檀塗色々威壺袖(きんびゃくだんぬりいろいろおどしつぼそで)」が家臣の子孫の家から見つかったと発表した。柳川藩には、朝鮮出兵時の1593年、邪魔な袖を切り落として戦っていた家臣に宗茂が自らの袖を与えたという記録が残されており、立花家史料館(同市)の植野かおり館長は「話が実話だという確証が持てた。宗茂のおおらかな人となり、主従の絆を象徴する発見だ」と話している。

 袖を与えられたのは朝鮮出兵で戦死した小野成幸。子孫が鎧櫃(よろいびつ)に入れて代々保管し、昨年同市に寄贈していた。記録では宗茂が「袖がない具足は見苦しい」と与えたとされている。

 袖は一対で安土桃山様式。それぞれ長さ29センチ、幅23~27センチ、重さ720グラム。鉄の小札(こざね)に金箔(きんぱく)を貼り、透明の漆で仕上げた豪華な作り。小札をつなぐ威は紫、紅、白の3色の糸が交互に使われ、華やかさが際立つ。大友宗麟の重臣だった義父の立花道雪または宗茂自身が大友家から拝領したものとみられ、大友家の杏葉(ぎょうよう)紋の金物が付けられている。

 袖を調査した日本甲冑武具研究保存会の西岡文夫副会長によると、技法は大友家が柞原(ゆすはら)八幡宮(大分市)に寄進したと伝わる国重要文化財の「金白檀小札浅葱糸威(こざねあさぎいとおどし)腹巻」と共通しており、胴甲も残っていれば重要文化財級という。

 袖は12月から同資料館と柳川古文書館で開かれる「立花宗茂生誕450年記念特別展」で一般公開される。

この記事は2017年08月29日付で、内容は当時のものです。

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