道なき山奥復旧いつ 重機入れず徒歩通い 九州豪雨2ヵ月、朝倉市の真竹集落ルポ

西日本新聞

 5日で発生から2カ月を迎えた九州豪雨の被災地で、復興格差が鮮明になりつつある。市街地や幹線道路を中心に土砂や流木の撤去が進む一方で、福岡県朝倉市には今も道路が寸断され、重機もボランティアも入れない山奥の集落がある。「いつ復旧の手が届くのか」。住民たちはやるせない思いで道なき道を歩き、ほそぼそと自宅の片付けを続ける。そんな集落の一つ、朝倉市高木地区の真竹集落を4日、訪ねた。

 「自宅の窓を時々開けんと、1階が土砂で埋まってるから湿気で全て駄目になる。荷物が残ってるんであきらめがつかないんよ」

 真竹で生まれ育ち、地元の区会長を務める町田明久さん(65)。あの日、木造2階建ての自宅が濁流に襲われた。現在、市内のみなし仮設住宅で暮らす。

 集落は8世帯18人。一時孤立したが、幸い全員がヘリで救出された。ただ、土砂や流木が直撃し、全壊と判定された家屋は町田さん方を含め6世帯に上る。

 片付けのため週に1、2回は自宅に戻るという町田さんと一緒に真竹へ向かった。市役所近くのみなし仮設を車で出発。約40分後、斜面に家が点在する黒松集落に着くと、町田さんは車を降りた。

 町田さんによると、黒松集落には5世帯6人がいた。ここも橋が落ち、道路が寸断された。8月末、土砂で埋まったかつての川の上にようやく応急補修路ができたばかりで、集落はなお崩れた家が土砂と流木にうずもれていた。

 「さあ歩きますよ」。町田さんは真竹へと続く道路を歩き出した。両足に雨靴、背中にはお茶を入れたリュックサック。後を追って驚いた。あちこちで土砂が道を覆い、倒木や電柱、電線が行く手を遮っていた。その上を乗り越え、くぐり抜ける。

 幅約3メートルの道路は崩落した箇所もあった。やむなく横の民家の敷地に入り、誰もいない泥だらけの屋内を通り抜けた。歩くこと約20分、ようやく真竹にたどり着く。「最初の頃は車をもっと手前に止めざるを得ず、4時間歩いていた」と町田さん。

 真竹は時間が止まったようだった。土砂や流木に襲われた家々はがれきと化し、惨状はそのままだった。がれきと流木は道もふさいでいた。「くぎを踏まないように」。町田さんが足元を指さした。

 町田さん宅には、裏手の小川から襲ってきた大量の流木が覆いかぶさっていた。流木は壁を突き破り、柱を折った。室内には厚さ約40センチの土砂。冷蔵庫などの家財道具は今も横倒しで、土砂は全く戸外にかき出せていない。「ここは重機やボランティアによる支援とは無縁。こうした集落がまだあることを多くの人に知ってほしい」

 被災地の道路は物流を支える幹線や人の多い市街地から復旧が進む。だが山深い集落にも大切な家があり、人々の暮らしがある。

 「冬までに道を通してほしい。冬物の服を十分に運び出すためにも」。汗だくの顔をぬぐい、家の湿気を抜くため2階の窓を開けた町田さんがつぶやいた。雨靴にリュックでの往来は、この日が17回目という。

この記事は2017年09月05日付で、内容は当時のものです。

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