盲目の被爆体験、点字本に 3歳で失明の佐々木さん証言 記録残し「うれしか」 平和祈念館が聞き取り

西日本新聞

 病気のため3歳で両目を失明し、19歳で長崎原爆に遭った佐々木浜子さん(91)=長崎市坂本町=が語った被爆体験が、点字本にまとめられた。親しい友人には体験を話してきたが、公にするのは初めて。佐々木さんは体験を点字本として後世に残すに至った理由を「戦争なんかせずに、平和に暮らしたいと伝えたいから」と話す。

 1945年8月9日午前11時2分。爆心地から約2・5キロ、同市西山町にあった自宅の縁側にいた時だった。「パチャーッといってピカーッと光を感じた」

 縁側に座り、友達に習って得意になった編み物をしながら、近所の女児4人を子守していた。目が見えず、強い光なら少しだけ分かるという佐々木さんだが、原爆の閃光(せんこう)の強さは強烈に感じ取った。「目の前にお日様の落ちてきなったとやろかと思った」

 聴覚や皮膚感覚を研ぎ澄ますと、それまでの空襲とは違う爆音なのに気づいた。「ブァーッという音だった。子どもたちに向かって『爆音が違うよ。早くこの布団をかぶんなさい』と言いながら、とっさに布団をかぶせた」。直後、爆風で割れたガラスが襲ってきたが、全員が無傷だった。それでも、みんなの会話から自宅の壁が落ち、戸棚も壊れていたことを知った。

 がれきの中を歩き、防空壕(ごう)へ向かい、1週間を過ごした。「みんなが『原子爆弾が落ちたとげな』と話し合っていた」。あの閃光と「いつもと違う爆音」は、原爆によるものだと分かった。敗戦を知らせる玉音放送を母親と一緒に聞いても「何も感じなかった」。ただ、戦争が終わって良かったという安堵(あんど)があった。

 今も忘れられないのは遺体を焼くにおいだ。「もうひどかった。人間の焼けるとって、こんなふうなにおいのするとばいねと思った」と表情を曇らせる。

 「戦争を体験していない人は本当の恐ろしさが分からないと思う。もう二度と戦争は起こらんごとしてください」。佐々木さんは次世代にこう託している。

    ■    ■

 国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館は2005年から被爆者の体験を聞き取って手記にまとめ、その一部を日本語や英語、中国語、韓国語版の点字本にしている。同館によると視覚障害者からの聞き取りは初めてという。

 体験記のタイトルは「私の被爆体験記-いつもと違う光と爆音を感じた瞬間」。点字本は全部で20冊制作し、長崎市や県内の特別支援学校などに寄贈した。

 佐々木さんは8月25日、長崎市役所で田上富久市長と面会。田上市長が「臨場感がある。みなさんに読んでもらいたい」と話すと、佐々木さんは「本をみんなに読んでもらえるとうれしい。記録に残してもらってうれしかです」と笑顔を見せた。

 点字本は祈念館や原爆資料館、長崎市立図書館で閲覧でき、祈念館では文字で記した体験記も読むことができる。

この記事は2017年09月16日付で、内容は当時のものです。

PR

社会 アクセスランキング

PR

注目のテーマ