日本の心、思い朗々と ステージ、後進指導に奔走 民謡の「唄い手」

西日本新聞

 伸びのある歌声と艶のある節回しが聴衆を引き込む。民謡の「唄(うた)い手」吉冨今日子さん(41)=日田市三本松=のコンサート。陽気な歌が流れると、手拍子とともに踊りだす人もおり、会場は笑顔と熱気に包まれた。「民謡は現代の人が忘れかけている、日本の心。もっとファンを増やしていきたい」と意気込む。

 熊本県阿蘇市出身。民謡好きの家族に囲まれ、幼いころから唄に親しんできた。祖父と風呂に入れば隣で口ずさみ、地元の祭りでは必ず知り合いが舞台で熱唱していた。9歳の時に、大会で活躍していた叔母の影響で教室に通い始めると、天性の歌唱力と舞台度胸でめきめきと頭角を現した。

 中学校の時、音楽の教諭に勧められ、文化祭で歌った。多くの人はほめてくれたが、教室の机に「民謡ババア」と落書きされた。大会やイベントで民謡を唄うのは年配の人ばかり。同世代の前で歌うのを、少しためらうようになった。

 転機は、旅行会社の添乗員だった25歳のとき。日本人観光客のハワイ旅行に同行した際、乗っていたバスがエンジントラブルで40分ほど停車。暑い中、ピリピリし始めた車内のムードを少しでも和ませようと、民謡を披露した。

 出身地を聞き、各地の曲を唄ってあげると次第に乗客の表情は和んでいった。「あなたでよかったよ」「旅の中で一番楽しかった」。握手した客の手の温もりは今も覚えている。「民謡は日本人の心」。あらためてそう確信し、胸を張って民謡を唄うことが出来るようになった瞬間だった。

 2006年、ガソリンスタンドを経営する日田市の男性と結婚。経営と娘2人の育児の傍ら活動を続けてきた。スケジュール帳は真っ黒。十分に取れない練習時間は、移動中の車内や入浴中に唄ったりしてカバーする。継続は力なりと、1日1回は必ず発声練習。就寝時はエアコンをつけないなど喉のケアも徹底する。

 そんな苦労が報われ、11年には、宮崎県で開催された「日向木挽唄(こびきうた)全国大会」で、出場600人の中からグランプリに輝いた。全国の民謡大会優勝者が日本一を競う「日本民謡フェスティバル」にも4回出演し、テレビで全国放送された。

 年間約40回、各地の大会やイベントに出場するが、唄い手の高齢化などで大会は年々減少。このままでは、民謡が途絶えてしまうと危機感を募らせる。日田市でも、三隈川の屋形船で芸者が唄った「コツコツ節」が有名だが、唄える人はわずか。そのため、地元の祭りに積極的に参加し、小中学校の邦楽授業でも指導、民謡教室を毎週開き、普及に力を入れている。

 田植えや漁場、酒盛りや子守…。人々の普段の生活の中で生まれ、脈々と伝えられてきた民謡は、聞く人に古里を思い起こさせてくれる。「だから人の心を打つんでしょうね」

 16年は故郷・熊本が震災に遭った。17年は九州豪雨で第二の古里・日田が大きな傷を負った。「私に出来ることは唄うこと。もっともっと経験を積んで、日本の心、古里の心をたくさんの人に届けていきたい」

メモ

 吉冨さんは、日本郷土民謡協会の公認教授として週1回、日田市三本松の吉冨産業三本松給油所事務所で民謡教室を開催している。歳以下は第1、3金曜午後7時半から、月謝千円。歳以上は第2、4木曜、同7時半から月謝2500円(年1回本部会費4千円が必要)。大会に出場し、入賞する教え子が増えているという。問い合わせは、吉冨産業三本松給油所=0973(23)3168。

日田めいじん100選 ヒタスタイルと共同企画

 西日本新聞社は日田市の無料情報誌「ヒタスタイル」との共同企画「日田めいじん100選」に取り組んでいます。日田に住む、もしくは働く名人や達人など、その道の極め人を日田玖珠版で紹介します。記者が日頃の取材で探し出した方のほか、読者の推薦(自薦も含む)で、面白いと判断した方も紙面に登場してもらおうと考えています。ぜひ情報をお寄せください。

 連絡先は日田支局=0973(23)5177▼ファクス0973(23)5178▼メール=hita@nishinippon-np.jp

=2018/01/04付 西日本新聞朝刊=

大分県の天気予報

PR

大分 アクセスランキング

PR

注目のテーマ