かあちゃん帰っておいで 不明の妻待ち1人の正月 豪雨半年、朝倉市の田中耕起さん

西日本新聞

 九州豪雨の発生から5日で半年。妻の行方はいまだに分からない。福岡県朝倉市杷木松末(ますえ)の建設業、田中耕起さん(54)は結婚して32年で初めて、正月に妻加奈恵さん(63)のおせちや雑煮を食べられなかった。思い出すのは妻の顔。寂しくて、気を紛らわせようと、酒量が増えた。「どんな形でもいいから、かあちゃんに会いたい」。待ち続ける身に区切りは来ない。

 「黒豆を煮て、タイを煮付けて。かあちゃんの料理は最高よ」。今年は南天の赤い実を飾ったおせちも具だくさんの雑煮もなく、会社事務所で1人、酒をあおった。5日、耕起さんに心境を聞くと「半年たった。それだけよ」。

 昨年7月5日、自宅にいた加奈恵さんが行方不明になった。「道が川になった」などと、助けを求める妻からの電話を何度も受けたが、豪雨で仕事場から自宅にたどり着けなかった。翌日から、流された自宅の下流を歩いて捜し回り、周囲を掘り起こしてと捜索隊に頭を下げ続けた。「帰ってくるかもしれん」。仮設住宅には身を寄せず、会社事務所で寝泊まりし続ける。

 加奈恵さんは看護師だった。耕起さんが福岡県久留米市の病院に入院した際に出会い、結婚した。明るくさっぱりした性格で、話し好き。夫婦げんかをしても、翌日には仲直りできた。旅行にも連れて行けなかったが、文句も言わなかった。そんな妻の声が、1人で酒を飲んでいると聞こえる気がする。「あんた、飲み過ぎやろうが」

 豪雨以来、毎月5日の前になると体調が崩れる。風邪、疲れ、ストレス、飲み過ぎ。それでも、必死に前を向こうとしている。本業の再開は未定だが、木工の技術を生かして木製の椅子やテーブルを注文生産する工房を始めるつもりだ。

 新たに刷った名刺には「かなみ工房」。親戚の幼子が妻を「かなえちゃん」と言えずに「かなみちゃん」と呼んでいたことから名付けた。今は、工房を軌道に乗せるのが目標だ。

 「生きている可能性はゼロに近いのは分かっとる」。3人の子どもたちとは「かあちゃんが好きだったラベンダーのお香でもたいてみようか」と話したこともある。それでも、あきらめたくはない。

 妻を思い続けるから、声が聞こえる気がする。「はよ働かんかい」。「きょうは勘弁して。明日から動くさ」。心の二人三脚は続いている。

=2018/01/06付 西日本新聞朝刊=

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