【日日是好日】今この瞬間を「生き切る」 羅漢寺住職 太田英華

西日本新聞

 豊作の吉兆とされる寒九(かんく)の雨が降りました。厳しい冬の寒さの中にも明るい展望を見いだす昔の人の自然観に、はっとする季節の雨です。

 年末に境内の仏様に毎年恒例の鏡餅をお供えしました。年が明けると、いつも鏡餅の上のミカンしか残っていないのですが、今年は正月2日までそのままの形でありました。どうやら山の動物の食糧事情は穏やかなのだ、と解釈いたします。

 庭師のタケちゃんと相田くんが作ってくれた門松が今年も見事で、蝋梅(ろうばい)のつぼみがほころび、馥郁(ふくいく)たる香りが寒さの中で際立ちます。恒例の除夜の鐘と、しゃもじお焚(た)き上げが厳かに終わり、迎えた新年は静かで和やかな幕開けでした。

 先日、新入りのサカナくんと新年の始まりということから「円相(えんそう)」の話題になりました。円相とは禅の悟りの象徴として描く円輪のことをいいます。

 「円って丸いでしょ。始まりもなければ終わりもない。でも、いつでも始まりとも考えられるよね」「そういう見方もあるんですね」

 円は欠けることも余すところもない。完全な円満であり、無限の宇宙の象徴です。しかし、見る人の感じ方次第ではただの「丸」でしかない。関東からの移住者でウクレレ奏者のサカナくんは、円相を興味深く受け止めてくれました。

 『而今(にこん)』という「今、そのもの」を示す禅の言葉があります。禅では自分の存在を「過去、現在、未来」と流れていくものではなく、「今、今、今」の連続であると捉えます。過去に執着することなく、未来におびえることなく、この瞬間に「生き切る」ことを目指すのです。

 羅漢寺の本堂前に古ぼけた掲示板があります。ここは私のつぶやきの場。時節に応じた禅語や銘などを気ままに書かせていただいております。

 「生きている瞬間が重要だから、終わりがあるのに幸せである」

 これは年末に貼っていたもので、この言葉を昨年秋にお会いした千葉のテンガロンハットのご主人に送りました。

 年始に一本の電話がありました。「英華さん? 千葉からです。最近僕は年賀状をやめて電話で新年のあいさつをすることにしたんだ。今の声だからね。いいでしょ」。ご主人は肝臓がんと闘っておられ、私の送った言葉を喜んでくださいました。

 声も姿もない時の流れを月日に区切り、師走や正月といった名前を付ける。新年を迎えるたび、「時」を人の意識に上らせようとした古人の知恵を思います。

 「今が本番、今日が本番、今年こそが本番。明日があると思っているうちは何もありはしない。肝心な今さえないんだから」。これは、浄土真宗の僧侶で教育者の東井(とうい)義雄さん(故人)の言葉です。

 人生は「今、今、今」の数珠つながり。今が本番、今日が本番。さあ、平成30年の始まりです。元気よく、今年も頑張って参りましょう。合掌。

 【略歴】1967年、羅漢寺27代住職の娘として生まれる。高校卒業後、大学進学のため上京。20代半ばから40歳で出家するまでフラメンコダンサーとして活動。出家後、愛知県の尼僧専門修行道場で約5年間、僧堂修行し、2013年3月に帰山。現在、羅漢寺28代住職として寺を守る。


=2018/01/14付 西日本新聞朝刊=

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