旧優生保護法 全容解明し「尊厳」回復を

 障害者の人権と尊厳をどれほど傷つけたのか。国は全体像の徹底解明に乗り出すべきだ。

 知的障害を理由に不妊手術を強いられたという宮城県の60代女性が、国に損害賠償を求める初の訴訟を起こした。

 手術は「不良な子孫の出生防止」を目的にした旧優生保護法に基づいて行われた。当時、女性は15歳だったという。

 旧法は1948年から96年まで存続し、議員立法による短期間の国会審議で母体保護法に改定された。旧法の柱だった障害者やハンセン病患者への強制不妊手術を認める条文は削除された。

 実態調査は実施されず、具体的にどんな人権侵害が行われたか明らかでない。優生政策は十分検証されないまま現行法に引き継がれた。国の責任も問われていない。

 一昨年の相模原殺傷事件は、社会全体として旧法を批判的に総括してこなかったことが背景にあると指摘される。

 70年代、現在から見れば驚くべき名称の部署が兵庫県庁にあった。「不幸な子どもの生まれない対策室」である。障害者施設を見学した知事の発案で70年に設置され、他県にも広がった。後任の知事は広報文にこうつづった。〈年々、異常児の出産が減りつつあることは喜びにたえない〉

 「われわれは不幸なのか。生まれてきてはいけないのか」-。障害者団体の魂を絞り出すような抗議で同室は74年に廃止された。優生思想の危険性と非人道性は、当事者により初めて告発された。

 日弁連の調査によると、旧法により不妊手術を受けたのは約2万5千人に上り、うち約1万6500人は本人の同意がなかったとみられるという。

 旧法はナチス・ドイツの断種法の考えを取り入れた国民優生法が前身だ。ドイツなどでは国が被害者に謝罪し補償を行っている。

 最大の問題は、つい最近まで社会には優生思想を受け入れる土壌があったという現実だ。私たちメディアの反省も含めて実態を明らかにしていかなければならない。


=2018/02/01付 西日本新聞朝刊=

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