【検証飯塚事件・2.6高裁決定を前に】(中)DNA矛盾捜査足踏み 「科警研」検出、「石山鑑定」不検出

西日本新聞

 1992年に女児2人が殺害された「飯塚事件」で、94年の久間三千年(みちとし)元死刑囚=執行時(70)=の逮捕前、捜査側を一時「足踏み」させた鑑定結果があった。それは、福岡県警の依頼で実施された帝京大の石山〓夫(いくお)教授(当時)によるDNA型鑑定。警察庁科学警察研究所の鑑定では検出されていた久間元死刑囚の型が、石山鑑定では検出されなかった。この結果をどう見るべきなのか。石山氏に話を聞くと、矛盾した結果に捜査当局が困惑した事実が端的に浮かぶ。再審請求即時抗告審で弁護側は、石山鑑定を証拠として再評価するよう主張している。

 科警研のDNA型鑑定はMCT118法。事件発生から約4カ月後の92年6月、被害者由来の血痕から久間元死刑囚の型が出た。「これで逮捕できる」。沸き立つ県警に福岡地検が待ったをかけた。「身内の鑑定は客観性が低い。外部機関でも鑑定を」。検察の信頼が厚い石山氏が選ばれた。

 石山氏はMCT118とは異なる「ミトコンドリア鑑定」を実施。結果は「元死刑囚の型は検出されない」。「確認試験」は一転して障壁になった。当時の捜査幹部も「型が出ない理由をはっきりさせないと、前に進めなかった」と振り返る。

 取材班は昨年末、石山氏を取材。石山氏は公表しないことを条件に当時の警察庁高官の実名を挙げ、その人物が訪ねてきたことを明かした。「『先生の鑑定は非常に困る。妥協してほしい』と言われた。元死刑囚の逮捕(94年9月)前だったと思う」。科警研鑑定と矛盾する理由を聞かれ「自分が調べた試料はごく少量で、元死刑囚の型が含まれていなかった可能性がある」と伝えたという。

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 県警も動いた。捜査員を東京に派遣して石山氏から元死刑囚の型が出なかった理由を聴き、94年9月20日に供述調書を作成。逮捕はその3日後だった。

 血液型鑑定などより個人識別能力が飛躍的に高く、「科学捜査の新兵器」と期待されたMCT118。91年から科警研に本格導入し、92年以降、全都道府県警への拡大を目指していた警察庁にとって、石山鑑定は二重の障壁だったといえる。

 99年の一審判決は「石山鑑定の試料は少量だった」と認め、科警研鑑定を死刑判決の柱にした。その後、科警研の初期のMCT118は再審無罪となった「足利事件」などで精度の低さが露呈。再審請求を退けた2014年の福岡地裁決定も「直ちに有罪認定の根拠にはできない」と証拠から事実上排除したが、結論は「他の状況証拠で高度な立証がなされている」とした。

 主任弁護人の岩田務弁護士は「少量説は妥協を迫られた石山氏が警察に与えた口実。科警研鑑定の証拠能力が否定された現状では、石山鑑定は久間さんが犯人でない積極的な証拠になる」と主張する。石山氏は科学者としての立場で科警研への不信感を隠さなかった。「一番良い結果が得られたと思われる鑑定結果ですら、型を示すバンドはゆがんで鬼の面のようだ。私の研究室だったら、やり直しを命じるレベルです」

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■再鑑定の試料なく 識者「保管の法整備を」

 飯塚事件の真相究明を目指す上で最大の壁は再鑑定ができない点だ。菅家利和さんが再審無罪になった足利事件では、残された試料の再鑑定が決め手になった。飯塚事件では「100回以上鑑定できる量があった」(石山氏)とされた試料を科警研が費消。石山氏に届いた時にはわずかな糸状のものだったという。科警研は「鑑定が難しく何度も繰り返した」と説明。残量はないとされている。

 科学者集団としての信頼性に疑問の声も上がる。弁護団の依頼で科警研鑑定を分析した筑波大の本田克也教授は、科警研が鑑定写真ネガフィルムの一部をカットしていた点を「説明もなく切り取るのは隠蔽(いんぺい)。決定的に問題だ」と批判。検察側推薦の鑑定人になることが多い大阪医科大の鈴木広一教授も「包み隠さず提示した上で、不都合な点はしっかりと説明すべきだった」と語った。

 カット部分に「真犯人の型が写っている」とする弁護側の主張に対し、科警研は「鑑定を複数回行い、検査のエラーと確認した」と反論。「データは鑑定書作成後に廃棄した。実験ノートや写真は鑑定した技官の私物で退官時に処分された」などと説明している。

 米国の民間団体「イノセンス・プロジェクト」によると、全米の半数以上の州では鑑定試料の保管を義務付ける法律がある。台湾は2016年に再鑑定を受ける権利や試料保管を定めた法律を制定。足利事件を担当した佐藤博史弁護士は「再検証を担保しなければ科学の暴走は防げない」と日本の法整備の遅れを危ぶむ。 (飯塚事件検証取材班)

※〓は「日」の下に「立」

=2018/02/03付 西日本新聞朝刊=

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