職場の机に辞書と見まがう分厚い本がある…

西日本新聞

 職場の机に辞書と見まがう分厚い本がある。「苦海浄土 全三部」(藤原書店)。石牟礼道子さんが心血を注いだ「苦海浄土」「神々の村」「天の魚」の3部作を一冊に収め、おととし刊行された

▼改めて通読しようと手元に置いたものの、なかなか読み進めない。読み手に覚悟を迫る言葉の刃(やいば)に、しばしば立ちすくんでしまう。悲報に接し、しおりを挟んだページを久しぶりに開いた

▼水俣病を世に問い続けた石牟礼さんが亡くなった。「文学の素養も、学問も、医学の知識もないただの田舎の主婦」が「生きながら殺されかかっている人々」に寄り添い、「義によって助太刀する」との覚悟で記した魂の叫びである。簡単に読めるはずもない

▼経済発展の一方で美しい故郷の海は汚(けが)された。人は命を奪われ、病苦にさいなまれ続ける。企業も国も法も、天すらも助けてはくれない。ならば人の尊厳はどう守ればよいのか。その思いは作品の通奏低音となって重く響き、やり場のない、終わりのない苦しみと悲しみが刃のように胸を刺す

▼石牟礼さんは皇后さまにも手紙を書いた。「生まれて以来、一言もものが言えなかった人たちを察してくださいませ」と訴え、天皇、皇后両陛下と胎児性患者との面会を実現させた

▼公害や戦争などの過ちを繰り返さないため、記録し続けなければならない。その覚悟を生涯貫いた人は今、苦界から浄土へと旅立っていよう。

=2018/02/14付 西日本新聞朝刊=

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