忘れることのできない句がある…

 忘れることのできない句がある。〈湾曲し火傷(かしょう)し爆心地のマラソン〉。生命力にあふれたマラソン走者。爆心地を走るその姿と重なるように、原爆の業火に焼かれ、ゆがめられた人や建物が見えてくる。五・七・五の定型を大きく崩した破調は、軍国主義によって湾曲した日本が崩れてゆく音律のようにも

▼過酷な戦争体験から、反戦・平和を訴え続けた俳壇の重鎮、金子兜太(とうた)さんが亡くなった。98歳だった。右の句は、社会問題などもテーマとする「社会性俳句」を率いた金子さんの代表作。日銀時代に勤務していた被爆地・長崎で詠んだものだ

▼海軍士官として南洋トラック島に赴任し、多くの仲間の死を目の当たりにした。1年余りの捕虜生活の後、ようやく帰国できた。敗戦を知った時、金子さんは決意した。「戦争に抵抗せず、なまくらに生きてきた。出直しだ」

▼きなくさくなる世の中に危機感を強め、安全保障関連法案などに反対の声を上げた。「非業の死者に報いるつもりで、戦後ずっとやってきた」という金子さんの俳句を、共に平和活動に取り組んだ作家のいとうせいこうさんは「わび、さび、平和」と評した

▼「いのち」への強い思いは原発事故の被災地にも。〈福島や被曝(ばく)の野面(のづら)海の怒り〉〈苛(いじ)めあるとか被曝福島の子らよ生きよ〉

▼ゴールのないマラソンのように、亡くなる直前まで、その言葉で私たちの魂を揺さぶり続けた人だった。

=2018/02/22付 西日本新聞朝刊=

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