タイに商機 九州人奮闘 起業3氏 ビジネス展開の流儀

 人口が減少する日本を飛び出し、新たな発想で成長が見込めるアジア市場を開拓する日本人起業家が増えている。5千社を超える日系企業が集積するタイで、さまざまな分野に商機を見いだし、事業拡大に向けた挑戦を続けている九州出身の起業家3人に、海外ビジネスの魅力を聞いた。 (バンコク浜田耕治)

 ●小野さん 頑張れば成功 これが魅力

 海外で働く上で大切なのは、やはり語学力だ。2013年にタイの首都バンコクで人材紹介会社「エコアズ」を起業した小野進さん(40)=福岡市出身=には苦い思い出がある。

 「就職した香港の会社で実績を残し、タイで立ち上げる現地法人の社長に抜てきされました。当時27歳。英語が不得意でした。そんな人が社長になるのだから大変。社員のタイ語でのおしゃべりが自分の悪口に聞こえて、『Be quiet』と怒鳴ったことがあります。驚きますよね、外国人の上司が突然『黙れ』と言うんですから」

 社員4人のオフィスだったが「あなたは部下を信用していない」と言われ、2年間で計30人が次々と辞めていった。空き時間や日曜日を全て勉強に費やし、英語をマスター。がむしゃらに働いたが、13年6月に退社した。求職者を機械的に紹介するだけの経営方針が嫌になったという。「自らの未熟さを教えてくれたタイで理想の仕事を追求したい」と、2カ月後に設立したのが今の会社だ。

 「人材紹介サービスの真価が問われるのは、紹介した人材の定着率。良いマッチングをすれば、求職者にとっても顧客企業にとっても幸せなこと。そんな仕事をしたい」。過去の失敗を教訓に、求職者への面接をじっくり行うなど効率重視を排除。「この人ならば」と思う人だけを顧客企業に紹介している。

 現在は日系企業千社と取引し、台湾に拠点をつくるまでに会社は成長した。小野さんはなぜ、タイで挑戦しようと考えたのか。「タイは頑張れば成功できる場所。人々も真面目に仕事に取り組む日本人を、どこかでリスペクト(尊敬)してくれている。20年、30年後もそれが続くかは、私たち次第だと思っています」

 ●藤田さん 「日本から遠い」思い込み

 日本人が多く住むバンコクのプロンポン地区。路地に入ると、大きく漢字で「魚」と書かれた店舗が見える。店内に並ぶ容器にはアジ、タイ、ブリ…。魚の名前が英語で表記されていることを除くと、日本の鮮魚店そのものである。

 「ここの魚は全て福岡市・長浜の市場から輸入したものです。午前2時に市場に水揚げされた魚が夕方には店に着いてます。鮮度は日本と一緒。地図でみるとタイと福岡は離れているけど、時間がかかるというのは思い込みですね」

 こう話すのは藤田稔さん(40)=福岡県筑紫野市出身。商社マンとしてアジアの食品工場を飛び回り、バンコクにも3年駐在した。14年に独立し、福岡市とタイにそれぞれ輸出入を行う「七洋貿易」を設立。福岡の魚を販売する鮮魚店をバンコクに開業した。

 「駐在中に思っていました。バンコクでは安くてうまい魚を食べられないなぁと。日本人が7万人以上いるのに、レストランに魚を卸す業者はいても、その場でさばいて刺し身にしてくれる魚屋はなかった。需要はあると思いました」

 鮮度の良い魚を、いかに速く低コストでタイに運ぶか。藤田さんが考えたのは輸出入業者を介さず、自社で行う方法だ。スマートフォンで取引のある仲卸業者に魚を発注。それを梱包(こんぽう)して福岡空港まで運んでもらい、タイ到着後は、タイで設立した会社が通関手続きを行って、店に届ける。

 初めての店舗経営。仕入れが多すぎて50キロのロスを出すなど最初は苦労した。しかし、豊富な品ぞろえに加え、タイで雇った料理人にすしなどの調理を任せ、スーパーより安い値段を実現。「日本の魚屋さん」として徐々に浸透し、売り上げは年5千万円を超えた。

 藤田さんは、日本の高い養殖技術を背景に、年間を通していろいろな種類が出回る鮮魚は「貿易での商売に向いている」と指摘する。今後はバンコクでさらに店舗を拡大する考え。「休みはないし、大変だけど、会社経営はやはり面白い」と笑顔を見せた。

 ●高尾さん 難しい案件こそチャンス

 「タイの首都バンコクに立ち寄ったとき、道が穴だらけだった。穴を埋める仕事だけでも商売になる。ここには商機がたくさんあるなと思いました」。高尾博紀さん(38)=佐賀県出身=は、2008年に初めてタイを訪れた際の印象をそう語る。

 早大在学中に友人と起業した経験もある高尾さん。2年後の10年にはバンコクに単身乗り込み、日系企業の進出支援や無料情報誌を発行する「ジーディーエム(タイランド)」を設立した。見過ごされがちな「ニッチ(隙間)市場」に着目して強みを発揮し、業績を順調に伸ばしている。

 その一つが不動産取引だ。「工業団地を足掛かりに企業が進出する時代は終わりつつある。今は団地内よりも、高速道路の出入り口近くなど立地のニーズが多様化。難しい案件が実はチャンスです。候補地の地権者を探し出し、何度も足を運んで用地取得につなげるなど、私たちにしかできない仕事をしています」

 努力が無駄になることも多い。役所との人脈なども必要なため、他社は難しくて手を出さない。「しかし、対処法が分かるようになると、仕事が勝手に舞い込んでくるようになる」と高尾さんは語る。不動産取引の実績は約82万平方メートル。最近も12億円規模の用地取得をサポートした。

 高尾さんは、あえて競争が激しい分野にも参入した。11年に月刊無料情報誌「ArayZ(アレイズ)」を創刊したのだ。発行部数は2万部。タイには日本人向けの無料情報誌が30誌以上あり、収益源である広告獲得競争は厳しい。

 「でも、ビジネスを動かす立場の人が知っておくべき情報に焦点を当てた媒体はタイになかった。ここでもニッチを狙いました」。無料誌ながら紙質を良くし、タイの労務問題など硬派な情報を掲載。何カ月も手元に置いて読んでもらえるよう工夫した。広告の反復効果を持たせるためだ。「発行によって、さまざまな情報が入るようになった。不動産事業との相乗効果も生まれました」

 情報誌の表紙には「進化すべし、変化すべし」とある。自らに向けた言葉でもあると高尾さんは言う。

 ●在住邦人市場 強み 安い家賃、人件費も有利

 タイで起業する利点について起業家の多くが「ビジネスをしやすい環境」を挙げる。

 在留届を出しているタイ在住の日本人は約7万人。実数はその2倍とも言われる。日系企業は5400社以上が進出し、東南アジア最大の日系メーカー集積地だ。「日本人のマーケット向けに、日本語でビジネスを始められるのは強み。競合企業も日本国内より少ない」と、海外で起業した日本人らで組織する一般社団法人「WAOJE」(本部・東京)の理事で、バンコクで人材紹介会社を24年経営する小田原靖さん(48)=福岡市出身=は話す。

 家賃と人件費が安いのも起業には有利だ。スマートフォンの普及率が高く、インターネットビジネスも展開可能。高齢化や交通渋滞、大気汚染など社会問題は多いが、日本で成功した事業モデルを持ち込める可能性もある。

 一方で、想定外のリスクも起きる。契約更新時に家賃が高騰したというケースや、「ビザ更新時に賄賂を要求された」と明かす起業家もいる。タイでは一部業種に外資出資を50%未満に制限する規制があり、信頼できるパートナーを見つけることも必要だ。また、政府による起業支援は乏しい。

=2018/03/05付 西日本新聞朝刊=

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