気仙沼癒やす「架け橋」 住民と観光客交流の宿泊所 北九州出身の田中さん 人の温かさに感銘5度目の春

西日本新聞

住民や宿泊客たちと掘りごたつでくつろぐ田中惇敏さん(左から2人目)=4日午後、宮城県気仙沼市 拡大

住民や宿泊客たちと掘りごたつでくつろぐ田中惇敏さん(左から2人目)=4日午後、宮城県気仙沼市

 東日本大震災で被災した宮城県気仙沼市の空き家を改修したゲストハウス「架け橋」は今年、オープンして5度目の春を迎えた。始めたのは北九州市出身の九州大生田中惇敏(あつとし)さん(25)。昼は親子が憩う絵本カフェ、夜は観光客と住民が肩を寄せ合う居酒屋になり、宿泊もできる。「東北の思いを伝える架け橋になれば」との思いが込められた古い民家は、人々を癒やす温かい交流の場となっている。

 築50年の「架け橋」の引き戸を開けるとすぐ、20人は座れる掘りごたつがある。九大工学部建築学科を休学中の田中さんが気仙沼伝統の造りを生かし、内装を設計した。

 「おーい」。3月4日午後9時ごろ。地元の常連客の安曽弘さん(71)と藤田實(みのる)さん(71)がふらっと入ってきた。掘りごたつでくつろぐ関東や大阪からの若者を見ると、姿を消し、すぐに戻ってきた。両手には自宅から持ってきたメカブにワカメの茎のショウガあえ。居間が居酒屋に早変わりした。

 酒が進むと震災の話も。「流されたガソリンのタンクに火が付いてあっちこっち燃えたんだ」「俺も津波に流されたらよかったと思ったこともあった」

 「俺たち田舎もんだけど、架け橋はこうやって若い人と飲めるところがええなぁ」と藤田さん。横浜市の大学1年園山明範さん(19)は「都会にはない優しさがあって新鮮だった」とほほ笑んだ。

 田中さんは2012年3月の約1カ月、東京を拠点に日帰りのボランティアで東北へ度々入った。家に行けばいつも酒や魚を出してくれるおじちゃん、自分の話まで聞いてくれるおばちゃん…。「人々の本物の温かさ」に触れて東北が好きになり、14年5月に気仙沼に移住。ボランティアが長期滞在できる施設が少ないと感じ、すぐに宿泊施設「架け橋」を始めた。

 ボランティアの作業が落ち着いてきた昨年1月、「宿泊客と住民が交流できる施設を」と、場所を変えてオープンしたのが今の「架け橋」。改修費200万円はインターネットで資金を募るクラウドファンディングで集め、120人の住民やボランティアの協力で完成させた。だからこそ、売り上げは「地元に還元したい」。カフェでは乳児を持つ母親を雇用。時給は、同県の最低賃金より220円以上高い千円にした。

 東北の“復興期間”はあと数年で終わると思い、先を見据える。「ずっと気仙沼を盛り上げていく」ため、3月上旬にはボランティア活動と関係ない「女子旅プラン」を企画、参加者から好評を得た。

 4月に復学するため福岡に戻るが、1級建築士の資格を取り、気仙沼に帰ってくるつもりだ。施設の設計、観光客の誘致…。第二の故郷でかなえたい夢がたくさんある。

=2018/03/11付 西日本新聞朝刊=

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