70年前に平和式典許可した米司令官 デルノア氏、原点の手紙 「1万人の遺骨見た」…後に核使用を批判

西日本新聞

 長崎原爆投下から3年後、現在の平和祈念式典の1回目に当たる行事の開催を許可した進駐軍司令官の米国軍人、ビクター・デルノア氏(1914~98)の関連資料データが2月末、米国の母校から長崎原爆資料館に寄贈され、このほど同資料館で企画展が始まった。情報統制が強かった当時、惨状を知って核兵器使用を批判するメッセージを出すなど、被爆地に寄り添った対応で親しまれた氏の原点といえる手紙などが紹介されている。

 デルノア氏は第2次世界大戦で欧州戦線に参加した後、46年9月に長崎へ着任。司令官を2年半務め、49年4月に帰国した。

 資料の原本はデルノア氏の遺族が2012年に母校の米メリーランド大へ寄贈。15年にデジタルデータ化が終わり「ゆかりが深い長崎市に寄贈したい」と打診があったという。その際「長崎市民にデルノア氏の功績を知らせる機会をつくってほしい」との要望があり、企画展を開く準備が整ったのを受けて寄贈された。

 今月9日始まった企画展では寄贈資料を中心に66点を展示。そのうち、着任直後の46年10月に身元不明の原爆犠牲者の慰霊法要に参列した後、両親に宛てた手紙には「1万人の遺骨を見た」「深く心を動かされた」と原爆被害に対する衝撃を吐露している。その後、連合国軍総司令部(GHQ)が原爆被害を口にすることを禁じる中、被爆体験記の出版許可を何度も上申したとされる。弦本美菜子学芸員は「法要で嘆き悲しむ人々の姿を見たことが、原爆に反感を持つ転機になった」と分析する。

 展示では、48年に最初の平和祈念式典として開かれた「文化祭」に寄せた「核兵器は人類を破滅に導く無用の長物だ。二度と原爆を使ってはいけない」とのメッセージを紹介。長崎で子どもたちとクリスマスを祝う様子を報じた新聞記事や、離任を惜しむ政財界関係者の寄せ書きもあり、長崎市の再建に尽力し慕われた姿が垣間見える。

 デルノア氏の長女で長崎で生まれたパトリシア・マギーさんのメッセージも展示。「父が描いていた長崎の街が現実になった」と喜ぶ一方、核兵器がなくならない現状に「核兵器廃絶を求める被爆者の熱意のこもった訴えの重要性がさらに増している」と記す。

 弦本学芸員は「戦後の混乱期に、市民と心を通わせた司令官が復興を進めていった歩みを感じてほしい」と話す。7月末まで。企画展のみの見学は無料。

=2018/03/16付 西日本新聞朝刊=

長崎県の天気予報

PR

長崎 アクセスランキング

PR

注目のテーマ