「分かってください」の重み

西日本新聞

 旅では行きより帰りの荷物が増えることは間々あることだ。お土産とは限らない。福島県に取材に行くといつも、かばんは取材先でもらった資料で大きく膨らむ。

 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故が発生した2011年以来、ほぼ毎年、関連取材で福島県を訪ねている。発生から7年を前にした今年2月、日本記者クラブ取材団、文教関係に関心のある記者グループで2回行った。

 予想通り、資料は並大抵の量ではなかった。前者では単独取材も加えて10カ所で18種類の資料やパンフレットなどをもらった。資料だけで計199ページあった。後者は33種類、計355ページに達した。

 大震災や原発事故の資料と一緒に、観光パンフレットや日本酒のチラシもあった。

 時間の経過とともに、除染、道路や港湾の復旧、災害公営住宅建設などハード事業は進んだが、買い物や医療など生活分野の整備は遅れ、原発事故の避難指示が解除された地区でも帰還する住民は少ない。風評と風化の懸念も強い。観光客数は回復基調だが、震災前には届いていない。

 だからこそなのだろう。明るい情報も厳しい情報もある大量の資料には「福島の現状と課題を分かってください」「福島を忘れないでほしい」という福島の人たちの切なる願いが込められているように思った。

 福島県庁に勤務する友人によると、控えめで声高に意見を言わないのが旧来の福島県人気質だったが、大震災と原発事故で変化したという。「昔なら資料は荷物になって大変だと遠慮したが、アピールしないと分かってもらえないと痛感したのでどんどん渡すようになった」そうだ。

 米軍基地問題に苦悩する沖縄県に取材に行った同僚の論説委員もかばんに詰め切れないほどの資料をもらい、現地から宅配便で送ったという。

 私は今回、資料専用に大型の布袋を持参した。紙の資料は重い。布袋を提げるひもが肩にズシリと食い込む。福島の思いを九州に伝える責任の重さも感じた。


=2018/03/18付 西日本新聞朝刊=

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