「命を犠牲にするしか」包丁持ち役所へ 盲目の80歳男性、社会への怒り募り…高齢の粗暴犯、表面化しづらく

西日本新聞

罪を犯す高齢者たち<2>

 社会面の片隅にベタ記事が載った。〈役所で包丁持ち/暴れた80歳男逮捕〉。動機は何か。自宅を訪ねると、サングラス姿で現れ、取材に応じるという。「自殺しに行ったんですよ」。声には怒りが満ちていた。

 外出には白杖(はくじょう)が手放せない。15歳の時、草野球をしていてバットが目を直撃した。それでも悲観せず、26歳で鍼灸(しんきゅう)マッサージの店を開いた。妻を亡くしてからも身の回りのことは1人でこなし、穏やかに暮らしてきた。

 怒りが募り始めたのは、5年ほど前に難聴を発症し、命綱の耳が聞こえにくくなってからだった。家にこもりがちになる一方、火事にでもなれば逃げ遅れるため、一軒家から公営住宅へ移ることにした。そのあたりから怒りが沸騰しだした。

 入居手続きが煩雑で職員の説明も不親切に感じられた。「高齢で全盲だから住まわせたくないのか」。どうにか転居できたが、公共料金を滞納扱いにされた。「請求書を送られても読めない」。愚痴をこぼそうにも住み慣れた場所を離れ、近所付き合いもなかった。

 犯行の2日前、社会への不満をテープに録音し、報道各社に郵送した。一部の社には電話もしたが「事件にならないと取り上げられない」。突き放された思いだった。

 「わが命を犠牲にするしかない」と役所へ。玄関先で包丁を自分の腹に向けたところで取り押さえられた。容疑は警備員への威力業務妨害と銃刀法違反だったが、処分保留で釈放された。「現役時代は社会に精いっぱい貢献した。人助けもした。なぜ今になって肩身の狭い思いをしなくてはならないのか。悔しいを通り越し、みじめだ」

   ■    □

 怒りの矛先が社会に向かう一方、近所に向けられるケースもある。九州のある都市では、2年以上にわたって隣家に暴言を浴びせた70代の女が、迷惑防止条例違反容疑で逮捕された。

 孫の声がうるさい、台所が臭い…。隣人の男性によると、音量も内容も次第にエスカレートし、多い日は12時間に及んだ。録音や録画で証拠を集めて通報し、ようやく逮捕されたという。当時の捜査幹部は「高齢の粗暴犯は、軽度の認知症や統合失調症が疑われる場合もある。受診を強制できないため、表面化しづらい」と指摘する。

 盲目の男性も逮捕後に精神科を受診させられたが、問題はなかったという。その際、医師は話にじっくり耳を傾け「いろいろ経験したんですね」と共感してくれた。「十数年ぶりに人の温かさに触れて心がじんわり熱くなった。地獄に仏とはこのことだなぁ」。つかの間、光が差した気がした。

=2018/03/26 西日本新聞=

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