そのとき、作詞家の阿久悠さんは「テネシーワルツ」を口にしたそうである…

西日本新聞

 そのとき、作詞家の阿久悠さんは「テネシーワルツ」を口にしたそうである。生まれ育った淡路島(兵庫県)から対岸の明石へ向かう連絡船。高校を卒業して進学のため上京する船内で歌うと、自分でも驚くことに涙があふれたという

▼なぜこの歌だったのか、阿久さんにも分からない。江利チエミさんのファンでもない。もう戻らないと決別したはずの島。それでも「この歌のことは大切に覚えておこう、と思った」と明かしている

▼やはり進学のため福岡から上京した作家の五木寛之さん。東京での第一夜は悲惨だった。神社の床下に毛布を敷いて野宿したそうだ。住む場所の当てもなく上京したというから、随分むちゃな話ではある

▼その当時、五木さんの心に染みたのは「あざみの歌」。山には山の愁いあり/海には海の悲しみや…。「先が見えない不安と期待、同時に憂いも感じる」若き日の心情に歌詞が重なった

▼3月も残り1週間。新年度に向けて初めて親元を離れた人、間もなくその日を迎える人もいるだろう。期待が日に日に心細さに変わる。不安を悟られまいと親にはつっけんどんな口ばかり。多くの方にもそんな思い出があるのでは

▼「はかない流行歌であっても、苦境において人間を励ます大きな力を持っている」と五木さんは書く。それが今ではなくとも、いつか必要とする日のために。旅立ちには大切な1曲も、かばんに忍ばせて。

=2018/03/26付 西日本新聞朝刊=

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