変わり果てた「第二の故郷」のために…地震直前卒業の学生が南阿蘇に戻り移住案内に奔走 熊本地震2年

西日本新聞

南阿蘇村で移住案内、復興に一役 東海大OB粂川さん 「第二の故郷のため」 熊本地震2年

 変わり果てた「第二の故郷」のために-。熊本地震が起きる直前の2016年3月、熊本県南阿蘇村の東海大農学部を卒業し、群馬県で社会人になった粂川(くめかわ)雄樹さん(25)=栃木県出身=は17年10月、再び村に戻った。現在、南阿蘇への移住希望者に空き家を紹介する「移住コンシェルジュ」として活動。青春時代を過ごした村の面影は消えても「魅力まではなくなっていない」と信じ、今日も奔走する。

 旧村庁舎の一室にある「移住サロン」。粂川さんは県内外の移住希望者からの問い合わせに追われる。「こんなに人気とは驚きますね」。住人のいない古民家や別荘を懸命に探しているけれど、物件は足りない。

 自身の住まいは、崩落した阿蘇大橋近く。大学の後輩3人が犠牲になった「学生村」地区のアパートだ。目の前にはえぐり取られた山の斜面が迫り、周囲は更地が広がる。かつて800人が下宿した学生は1人もおらず、アパートの住人は復旧工事の作業員ばかり。陸上部の長距離ランナーとして練習を重ねた村内の道路は工事車両が行き交う。

 熊本地震が起きたのは村を離れて数週間後だった。被災した学生村のテレビ映像に目を奪われた。群馬県の小さな村で地域活性化に取り組む第三セクターに就職したばかり。「地域のために働く若者」と期待されて、地元のマスコミにも取り上げられた。「でも、南阿蘇のことが気になって仕事が手に付かなくなった」

 16年末、卒業後初めて村を訪れた。4年間過ごしたアパートは1階がつぶれ、ひしゃげた車が下敷きになったままだった。人けのない「第二の故郷」に立ち、「村のために何かしたい」という思いが強まった。大学時代の恩師や友人も背中を押してくれた。

 1年で仕事を辞め、昨年10月から南阿蘇村の地域おこし協力隊員として働く。PR動画用に移住経験者にインタビューを重ねると、それぞれの村への思いに触れられる。四季折々に色を変える自然、澄んだ空気、温かな人情。地震後も変わらない魅力を再確認した。

 「不便なところも含めて村の現実を伝えたい」。自分なりに復興を担っていく覚悟だ。

 ■移住希望者が急増 「復興」報道で魅力浸透

 熊本地震で被災した熊本県南阿蘇村への移住希望者が増えている。住宅を求めて空き家バンクに登録したのは地震前の8世帯から150世帯に。自宅を失った被災者も含むが、7割が村外からという。主要道の復旧が進み熊本市などへのアクセスが改善したほか、復興の歩みがメディアで紹介され、自然に恵まれた村のイメージアップにつながった。

 村は4月に「次世代定住課」を設け、移住促進の取り組みを加速させる。

 村の人口は地震前から減少傾向にあり、2月末現在は1万803人。地震があった2016年度は1年間で630人も減り、危機感を持った村は17年に移住定住支援センターを開設。空き家確保と移住者の呼び込みに力を入れた。村幹部は「地域に溶け込んでくれる若い世代をいかに定住させるかが課題だ」と話す。

=2018/03/31付 西日本新聞朝刊=

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