<42>「26」にこだわり結婚

西日本新聞

●バルセロナ五輪女子マラソン日本代表 小鴨 由水さん

 福岡市内のホテルのパン職人、松永光司(こうじ)さんと交際を始めた私は、1998年4月、彼の古里の長崎県琴海(きんかい)町(現長崎市)に向かいました。博多駅前から2人で高速バスに乗り、長崎市内へ。彼の父の司さんが車で迎えに来てくれました。

 まずは3人で平和祈念像がある平和公園やグラバー邸などを観光しました。すると、司さんが「まさかあの小鴨さんが息子の交際相手として現れるなんて」としみじみと話します。

 実は司さんは熊本県八代市出身で、92年大阪国際女子マラソンでは、同じ熊本県出身の松野明美選手(ニコニコドー)を熱烈に応援していたそうです。すると、初めて聞く名前で背の高いランナーが優勝をさらいました。「すみません。それ、私です」とおわびして、3人で笑い合いました。自宅に案内されると、テーブルには母の道子さんの手料理が並んでいました。長崎皿うどん、おすし…。どれもおいしくて、おなかも胸もいっぱいになりました。

 翌月、私たちは今度は、私の実家がある兵庫県明石市へ向かいました。新幹線の車内で光司さんは「(ご両親に)なんて言おう。どうしよう」と、ものすごくそわそわしています。その緊張ぶりは、はたから見てもおかしいほど。男の人って皆、こうなるんでしょうかね。実家で私の両親にあいさつした光司さんは、弱いお酒もかなり飲まされた末、交際を認められました。近くの大蔵海岸で、2人で記念撮影すると、ようやく緊張が解けたのか、「僕を幸せにしてね」と、冗談交じりに言いました。

 双方の両親の顔合わせも無事終わり、私の心は結婚モードに突入します。私は12月26日生まれで、マラソンで国内最高を出した日が1月26日。その記録は2時間26分26秒でした。26歳のうちに、「26」に関係ある日に結婚したい-。そんな思いが募ったのです。

 そして、8月26日。福岡市城南区役所に、私たちは婚姻届を出しました。私の心の中はうれしさでいっぱいです。「これからよろしくお願いします」と、2人で言い合いました。翌99年の1月26日には、神戸市のホテルで親族だけの結婚報告会を開きました。「由水さんを幸せにします」。きっぱりした光司さんの言葉を、私は一生忘れません。

 さあ、これからは家庭と走ることを両立させるぞ-。「小鴨由水」から「松永由水」に名前も変わり、私は人生の新たなページをめくったのです。

=2018/05/22付 西日本新聞朝刊=

PR

連載 アクセスランキング

PR

注目のテーマ