首相はグラウンドに出よ

西日本新聞

 ここ数週間、米朝首脳会談を巡る関係各国の動きは実にめまぐるしかった。

 北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長は短期間に2回訪中し、習近平主席と会談した。そこへトランプ米大統領が「会談中止」を発表。するとすかさず文在寅(ムンジェイン)韓国大統領が金氏と会い、米朝間を取り持って会談の可能性をつないだ。

 こうした熾烈(しれつ)な外交ゲームから、日本は取り残されているように見える。

 ゲームはまさに始まり、トランプ、金正恩、習近平、文在寅の各首脳がユニ
ホームに着替えてグラウンドに出ている。しかし安倍晋三首相だけが応援席で「アメリカ頑張ってー」と声援を送っている-。そんなシーンを連想してしまう。

 一方で安倍首相は、インタビューなどで、北朝鮮が話し合いを求めてきたのは「まさに日本が国際社会をリードしてきた成果だ。決して日本が蚊帳の外に置かれているわけではない」とアピールしている。

 「日本は蚊帳の外」説と「蚊帳の外ではない」説。どちらが本当なのか。

   ◇    ◇

 田中均・元外務審議官に見解を聞いてみた。田中氏は、北朝鮮と秘密接触を重ね、小泉純一郎首相と金正日(キムジョンイル)総書記との日朝首脳会談(2002年、04年)の開催へと導いた外交官だ。北朝鮮の行動パターンを熟知する人物である。

 田中氏によると「今は、日本が『蚊帳の外』でも『蚊帳の中』でも、どちらでもいい」のだそうだ。「北朝鮮が非核化に向かうのなら、その中で必ず日本の出番が来る。今後のプロセスで結果を出せればいい」

 しかし、田中氏は「日本の対北朝鮮政策に戦略を感じられない」と憂慮している。日本にとって最大の課題である拉致問題の解決をどう図っていくか。

 「日本が『とにかく圧力だ』と言い続けても、拉致問題を解決することはできていない。日朝ともに結果的にウィンウィン(どちらも得する)になる状況をつくらないといけない」

 「拉致に対価を与えることはできないので、大きな土俵をつくる(包括的に解決する)ことが必要だ。米朝交渉の後で6カ国協議に持ち込み、そのプロセスの中で拉致問題の『解』を見いださなければならない」

 局面が変われば、これからが正念場ということだ。

   ◇    ◇

 もし日本が拉致問題を解決し、日朝関係を正常化しようとすれば、北朝鮮との直接交渉が不可欠だ。ただし交渉はリスクを伴う。最大のリスクは、北朝鮮に見返りを与えることに対する国内からの批判だろう。

 そういう意味で、日本の政治家にとって、グラウンドの外から「北朝鮮はけしからん」と叫び続けることが、実は一番リスクのない道だった。その方が世論受けもいい。しかし政治家や外務省が「火中の栗を拾わない」姿勢では、貴重な時間が過ぎていくばかりだ。

 小泉首相は電撃的な訪朝で日朝平壌宣言に署名し、拉致被害者5人の帰国を実現させた。しかし拉致問題の解決には至らず、北朝鮮の核開発を止められなかった。小泉訪朝は半ば成功、半ば失敗だった。ただ、当時の小泉氏と田中氏がリスクを覚悟して動いたことは間違いない。

 安倍首相はもう、グラウンドに出る準備ができているだろうか。

 (論説副委員長)

=2018/06/03付 西日本新聞朝刊=

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