トランプ氏、苦み走る 編集委員 上別府 保慶

西日本新聞

 ベトナム戦争からの「名誉ある撤退」を掲げて当選したはずのニクソン米大統領だった。しかし、就任後は撤退どころか泥沼にはまり、ホワイトハウスに押し寄せる反戦デモに困惑した。そばにいた補佐官のクライン氏が後に「あれは革命だった」と述懐するほどの人の波。ニクソン氏はある映画を見て、なえそうな心を鼓舞した。

 1970年公開の「パットン大戦車軍団」である。第2次大戦の猛将パットンが病院に収容された兵士の弱気をなじるなど、暴君さながらの振る舞いで新聞の批判を浴びながらも、ドイツ軍との戦いには勝つ物語だ。ニクソン氏は3時間近いこの大作をホワイトハウスの映写室で2回、別荘で1回見たと、大統領付の映写技師が記録している。

 ニクソン氏がベトナム戦争をカンボジアに拡大する決断をしたのは、この作品が気持ちを奮い立たせたからという説がある。当人はこれを否定しているが、少なくともクライン氏らの前では「リーダーシップの良い見本だと、30回は話題にしていた」という。

 歴代大統領はハリウッド作品を好んで見た。ケネディ氏がホワイトハウスの映写室でジャクリーン夫人と初めて一緒に見たのは、後に恋愛関係をうわさされるマリリン・モンロー主演の「荒馬と女」だったし、キューバ危機のさなかに時間を割いて心を癒やしたのは、大好きなオードリー・ヘプバーン主演の「ローマの休日」だった。

 俳優出身のレーガン大統領は1983年、核戦争を描いたテレビ映画「ザ・デイ・アフター」を見て、日記に「非常に落ち込んだ」と書いている。この作品は米国が直接、核攻撃される悪夢を表現して茶の間を震え上がらせ、46%もの視聴率を取ったが、レーガン氏の戦略防衛構想(スター・ウォーズ計画)を後押しすることにもつながった。映画監督のオリバー・ストーン氏が指摘している。

 さてトランプ大統領。若いころはクリント・イーストウッド主演のマカロニ・ウエスタン「荒野の用心棒」にしびれ、主人公の渋い男ぶりにあやかるべく、鏡の前で目を細めて苦み走る表情を何度も練習した。そう、トランプ氏がツイッターに出すあの顔写真は、かのガンマンのまねを今もやっているわけだ。

 いかがであろう。世界一の軍事力を握る米国の大統領もまた人の子なのは当然だが、その心は庶民と同じく、銀幕に癒やしを求め、鼓舞され、あるいはヒーロー気分に浸っているという話。権力者は超人にあらず。民主主義のチェックは必要なのである。

=2018/06/07付 西日本新聞朝刊=

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