【扉は開いたか・米朝首脳会談】(上)政治ショー開催優先 米が譲歩 非核化生煮え

西日本新聞

 シンガポールを舞台に、世界が注目する中で実現した史上初の米朝首脳会談は、両首脳が「シンガポール共同声明」に署名し、幕を閉じた。友好ムードを演出し、関係改善へ歩みだしたかに見える両首脳だが、非核化を巡る共同声明の内容は具体性を欠き、「完全非核化」の大方針の確認に終始した。「世紀の会談」は果たして非核化、平和への扉を開けたのか。

 昼食を含んで3時間以上に及んだ初会談を終え、共同声明に署名したトランプ米大統領と金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長。互いの背中に手を添え、気遣いながら退室する姿は、半世紀以上続く米朝の敵対関係の雪解けを思わせるかのような場面だった。だが、肝心の声明には、両首脳がうたう朝鮮半島の平和の訪れを確実に裏付ける文言はなかった。

 歴代の米政権が失敗を繰り返してきた北朝鮮の核問題で、これまで誰もなし得なかった北朝鮮指導者との直接対話を通して非核化を実現する-。今回の会談で、トランプ氏はこんな「偉業」を思い描いた。

 政権発足から1年4カ月が過ぎた今も支持率が不支持率を下回るトランプ氏。11月の中間選挙で与党共和党が敗れれば政権運営は困難さを増し、2020年の大統領再選は危うくなる。形勢逆転を図るには「米国民の安全第一」「力による平和」「既存政治の否定」といった主張に原点回帰して結果を出すしかない。

 トランプ氏は「米本土への攻撃が可能になるのは時間の問題」といわれる北朝鮮の核ミサイル問題の解決を、史上初の米朝首脳会談という劇的な舞台で実現できれば、政権浮揚への格好の素材にできると踏んだ。

 国際社会を巻き込んで展開した「最大限の圧力」政策は、北朝鮮に拘束されていた米国人全員の解放を実現させるなど奏功したかに見えた。この流れで非核化の問題にも片を付けようと意気込むトランプ氏は、首脳会談を早期に開催することで、中間選挙前の事態打開をもくろんだ。

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 だが、米国が掲げる「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」は、正恩氏には簡単にのめる要求ではなかった。

 12日朝、会談会場のホテルに姿を見せた時にはさすがに緊張した様子だった正恩氏も次第に打ち解け、トランプ氏とにこやかに談笑する姿が目立った。会談前日の夜には宿泊先のホテルを外出し、シンガポール市内を観光する余裕も。その背景には、直前まで続いた米国との実務協議での「手応え」があった。

 3月初めにトランプ氏が首脳会談に応じる意向を表明して以来、米朝は激しい駆け引きを展開。CVIDの早期実現を迫る米国に対し、北朝鮮は中国やロシアを後ろ盾に、体制保証の確約と制裁緩和など「段階的で同時的な措置」を要求した。

 北朝鮮は1950年代に核兵器開発に着手し、既に数十発の核弾頭や千発以上の弾道ミサイルを保有しているとされる。米国との実務協議でもこうした事情を説明したとみられ、非核化が容易ではない現実を突き付けられたトランプ氏は、12日の会談後の記者会見で「非核化には技術的に長い時間がかかる」と述べたように、態度を軟化させざるを得なかった。

 結局、共同声明には4月の南北首脳会談での「板門店宣言」と同じ「完全な非核化」の表現しか盛り込まれず、CVIDに欠かせない「検証可能」で「不可逆的」な措置の確約など具体的な行程でも北朝鮮は言質を取らせなかった。その上、「正恩氏が最も嫌がっていた」(韓国の外交筋)米韓合同軍事演習の中止まで引き出した。共同声明への署名後、笑顔でトランプ氏と別れた様子からは、世紀の首脳会談をうまく乗り切った自信がうかがえた。

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 署名後の記者会見で、非核化実現は「今日が始まりだ」と強がってみせたトランプ氏。だが、正恩氏が非核化を約束したとはいえ、北朝鮮は非核化を宣言しても裏切り、核開発を進めてきた過去がある。1時間以上に及んだ会見で、記者から正恩氏の約束を信じる根拠を問われたトランプ氏は「彼は非常に迅速に実行できると信じる」と、自身の直感に基づく楽観的な発言を繰り返すばかり。

 共同声明には核関連施設の抜き打ち検査など非核化に不可欠な査察や検証を実現する保証は全くない。非核化の実現が近づいたとは到底言えず、ポンペオ国務長官らに今後の対応を委ねたのは、まさに問題の先送りにすぎない。

 「単なる政治のショータイムになるのではないか」-。会談前、「非核化ができればノーベル賞」ともてはやされたトランプ氏が功を焦り、開催に前のめりになりすぎていると米国内で指摘されていた懸念が現実になった。 (シンガポール田中伸幸、曽山茂志)

=2018/06/13付 西日本新聞朝刊=

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