<66>擦れ違いから離婚へ

西日本新聞

●バルセロナ五輪女子マラソン日本代表 小鴨 由水さん

 ここまで延ばし延ばしにしてきましたが、聞き書きを始める際に「人生をありのままに話します」と言った以上、触れないわけにはいきませんね。話は2012年5月にさかのぼります。私の人生に大転機が訪れました。夫の松永光司(こうじ)さんと離婚したのです。元夫ですから、さん付けで呼ばせてください。人生って、本当にいろいろありますね。

 離婚の原因を一言で言えば、「擦れ違い」でしょうか。06年に次男を出産後、私はママさんランナーとして再び走り始めました。光司さんも応援してくれて、私の走りたい気持ちを理解しようと、一緒にハーフマラソン大会に出場してくれたこともあります。

 ところが、光司さんはホテルから地場スーパーのパン部門の主任に転職し、がぜん仕事が忙しくなりました。私も十分な練習時間を確保したいので、兵庫県明石市から市役所を退職した父の立郎(りつろう)に来てもらい、同居することにしたのです。

 父は熱心に孫の面倒を見てくれて、私たち夫婦はとても助かりました。ですが、年数がたつにつれ、家庭内の雰囲気は変わっていきます。一つ屋根の下で血のつながらない目上の男性と暮らし続けることは、相当なストレスだったのでしょうか。光司さんは家族だんらんの居間に入ってこず、部屋にこもるようになりました。よく、一つの家に男は2人要らないと言いますが、そんな感じですね。

 これではいけないと、父に実家に帰ってもらった後も、夫婦の関係は冷え込んだまま。そばにいても、わざわざ子どもを通じて会話する状態でした。そんなある夜、私たちはちょっとしたことで言い争いに。私が「もう結婚している意味がない。離婚しよう」と告げると、光司さんは「分かった」と答えたのです-。

 話し合いの結果、私と子ども2人は「松永」の姓のままで、光司さんがローンを払うマンションに住み続けることになりました。光司さんは「1人で近くに住む」と言うので、私たちは協力して近場で単身者用の住まいを探しました。変ですか? でも、別に嫌いになって別れるわけじゃないのですから。

 数日後、物件が見つかった、と業者から連絡が。私たちは下見に行くため車でマンションを出ました。その途中で、ちょうど下校中の長男と次男に出くわしたのです。子どもに離婚のことは、まだ切り出せていません。「どうしよう」。私たちは顔を見合わせました。

=2018/06/20付 西日本新聞朝刊=

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