僕は目で音を聴く(9) 必死に口パクする意味は

 私は音楽が苦手です。大みそかの紅白歌合戦などを家族がテレビで見ていると、孤独になってしまったような気持ちになり、機嫌が悪くなります。

 海外旅行に行った先でも、流れている音楽に乗りながらコミュニケーションをとるようなこともあります。どう反応すればいいのか分からず、いつも困惑してしまいます。

 小学校でも中学校でも、音楽の授業中、うまく歌えなかったり、楽器を使いこなせなかったりすることで周りからばかにされ、笑いものになった苦い思い出があります。

 一番心苦しく、苦痛だったのは、校内での音楽祭やコンクール大会です。クラスのみんなは優勝を目指しているわけだから、足を引っ張らないよう、私は声を出さずに、口パクをしないといけません。

 口パクをするのも結構、こつが必要なのです。周りの口の形に合わせて動かさないと、審査員から「歌っていない」と判断されるからです。隣にいる友人の唇の形を横目で確認しながら、必死に歌う“ふり”をしていました。自分が参加する意味があったのだろうか-。終わるたびに、いつも思っていました。

 誤解してほしくないですが、耳が聞こえない人でも音楽が好きな人はたくさんいます。歌の意味を理解し、実際に歌える人もいます。けれども私自身はこのような経験から、音楽の授業に聴覚障害者を加えるのはどうなのだろうと疑問を感じています。例えば陸上競技で車椅子の人に「自分の足で走れ!」と言っているような、国語の時間に目が見えない人に「(点字なしに)読め!」と言ってるような、それと同じような気がするのです。

 障害者に対して合理的な配慮をするよう、社会には求められています。音楽を皆と一緒に楽しむ機会を奪わないという配慮でしょうが、それだけで十分なのでしょうか。音楽が悪いのではなく、聴覚障害者でも楽しめる音楽の環境やその方法が確立されていないのが原因かもしれません。
 (サラリーマン兼漫画家、福岡県久留米市)

 ◆プロフィール 本名瀧本大介、ペンネームが平本龍之介。1980年東京都生まれ。2008年から福岡県久留米市在住。漫画はブログ=https://note.mu/hao2002a/=でも公開中。

※平本龍之介さんによる漫画「ひらもとの人生道」第1巻(デザインエッグ社発行)が好評発売中!

=2018/06/14付 西日本新聞朝刊=

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