「女流」の輝きと苦闘 編集委員 浜口 雅也

西日本新聞

 「悔しいというか…」。彼女は言葉を詰まらせ、涙が止まらなくなった。

 将棋の女流棋士、里見香奈さん。26歳。若き女流棋界の第一人者が泣く姿など思いもよらず、うろたえた。

 福岡県飯塚市で5月30日に行われた女流王位戦5番勝負の第3局。4連覇を目指す里見さんは挑戦者の渡部愛(わたなべまな)さん(24)に敗れて1勝2敗となり、かど番に追い込まれた。

 その日の夜。関係者だけの慰労の夕食会後、少しだけインタビューの時間をもらった。普段通りにこやかに答えていた表情が曇ったのは、次の質問に移った時だった。

 「奨励会退会が決まった時は、さぞかしつらかったでしょうね」

 同じプロでも「女流棋士」と「棋士」は資格も待遇も異なる。里見さんは19歳の時、女流タイトルを持ちながら、史上初の女性の「棋士」を目指して棋士養成機関の奨励会に編入した。それから約7年。プロ入り(四段昇段)一歩手前の三段リーグで戦ったが今年3月、年齢制限のため退会を余儀なくされたのだ。

 「最後まで気持ちを切らさずに臨むことはできました。仕方がないかと…」。自らに言い聞かせるような言葉に深い悔恨の思いがにじんだ。

 里見さんは2013年5月に史上初の女流五冠を達成。その年の12月、女性で初めて奨励会三段昇段を決めた。

 「出雲のイナズマ」。生まれ育った島根県出雲市の地名と、鋭い終盤の指し回しから付けられたニックネームそのままに、その快進撃はまばゆいほどの光を放った。

 ところが原因不明の体調不良で、女流棋戦を1年近く休み、三段リーグ参戦は1年半も遅れた。恐らく相当なストレスがあったのだろう。

 プロ棋士になれるのは半年に原則2人だけ。今まで何人も壁に阻まれ、奨励会を去っていった。里見さんは女流棋士として将棋界に残る自身の境遇と重ね合わせて「このまま将棋を続けていいのか」と葛藤にさいなまれたという。

 そして迎えた女流王位の防衛戦だった。今月13日の第4局で里見さんは敗れて失冠、女流四冠に後退した。ショックはいかばかりか。それでも終局後の彼女は努めて明るく振る舞っていたという。

 15歳の最年少棋士、藤井聡太七段の大活躍で盛り上がる将棋界。華やかな表舞台の陰で、人知れず苦闘の涙が幾筋も流れている。私の心も、その涙に震える。

    ×   ×    

 ▼はまぐち・まさや 熊本県出身。大阪市立大法学部卒。1983年入社。熊本総局、門司支局、地域報道部などを経て2011年から文化部編集委員。

=2018/06/22付 西日本新聞朝刊=

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