忘却とは忘れ去ることなり…

西日本新聞

 忘却とは忘れ去ることなり。忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ-。テレビが普及する前の1950年代初め、毎回こんなナレーションで始まるラジオドラマが大ヒットした

▼菊田一夫原作「君の名は」。戦火の中で巡り合った男女が愛し合いながら擦れ違いの運命に翻弄(ほんろう)される。それでも互いに相手のことがあきらめ切れない…。後年、映画やテレビドラマにもなった

▼忘れることができるなら、それこそどんなに楽なことか。悲恋に限らず、人はさまざまな苦難に直面する。とりわけ災害や犯罪で理不尽にも尊い肉親らを失った人々の境遇は過酷だ

▼忘れることは癒やしにつながる。時の流れがそれを後押しする。けれども社会全体としてみれば、惨事の記憶こそ忘却のかなたに追いやってはならない。そんなジレンマもある

▼地震への備え、虐待の防止、通学路の安全…。教訓が叫ばれながら私たちは人ごとのように聞き流していたのか。今年も幼い女児らが相次いで命を落とすなど悲劇が繰り返されている

▼テレビに加えインターネットが普及した情報社会にあって、人の記憶力や想像力はむしろ退化していないか。1年の後半が始まるきょう7月1日は「国民安全の日」-。生活のあらゆる面で国民一人一人が安全に留意し、災害の防止を図る日とされている。政府がこの日を制定したのは1960年。先のドラマと同じく半世紀以上前のことである。

=2018/07/01付 西日本新聞朝刊=

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