サルに占拠された街 タイ・ロッブリー県 観光に利用 餌付けの弊害

 タイで野生ザルの急増が問題になっている。経済成長に伴って観光客の誘致に利用され、各地で餌付けが進んだことが主な原因だ。「サルに占拠された街がある」と聞いて向かったのは首都バンコクから北に約150キロのロッブリー県。そこで目にしたのは街中に居座るサルの群れと、対策に追われる人間の姿だった。 (バンコク浜田耕治)

 ◆無法地帯

 「毎朝、店を開けると、最初にやって来るのは客ではなくてサルなんだ」

 ロッブリー中心部の旧市街で工具店を営むティナコーンさん(62)はうんざりした表情でこう語る。

 父親の代から続く店の前の通りは「無法地帯」だ。数十匹のサルがわが物顔で歩道にたむろし、ふん尿や食べかすで汚し放題。ビルの外壁や電線の上にも姿が見える。開店中は店番をして見張っていないと、サルが商品を持ち出すことがあるとティナコーンさんは嘆く。

 「私が知っているだけでこの通りから5店舗が撤退した。サルは好奇心旺盛で靴の片方だけを持ち去ることもある。数が増えすぎて仕事にならない。にぎやかな通りだったのに今ではシャッター通りだよ」

 通りにトラックが止まると、4、5匹が一斉に飛び掛かった。荷台に食べ物がないかあさっているのだ。1匹はワイパーのゴムにかみついている。

 「女性の長い髪の毛を使って、歯を磨くのもいる。賢いやつらだ。かまれると感染症が心配なので、人間の方がワクチンを打って自衛するしかない。本当に迷惑だよ」。ティナコーンさんはため息をついた。

 ◆人に依存

 ロッブリーは「サルの街」として知られる。かつて近くに森があったため、旧市街にあるクメール王朝時代の石造りの寺院周辺に少数のサルがすみ着き、住民にも許容されてきた。

 生息するのはカニクイザル。小柄でおとなしいのが特徴で、大人のオスでも体重5~8キロ程度だ。ニホンザルよりも小さく、棒で追い払うこともできる。人間にとっての扱いやすさも徹底的な排除を免れてきた一因と言われる。

 しかし近年、サルを巡る環境が大きく変わったと住民たちは口をそろえる。「数がどんどん増え、ビルを根城にする群れも現れた」。大量の餌が与えられるようになったためだ。寺院を中心にした数百メートル四方に千匹以上がすみ着いているとの報告もある。

 東南アジアのサルの生態に詳しく、ロッブリーで3回にわたって現地調査を行った京都大霊長類研究所の渡辺邦夫名誉教授は、人間による観光利用が増加の原因だと指摘する。

 「タイでは経済成長によって購買力のある中間層が拡大し、観光地を訪れる人の数も爆発的に増えた。そこで始まったのは、サルに積極的に餌を与えて観光に利用する動きだ。サルが人に依存するようになり、大昔から連綿と続いてきた“人とサルの関係”が一変してしまった」

 寺院周辺には1日に数回、さまざまな人の寄付で持ち込まれた果物が山のように置かれる。これとは別に観光客にサルの餌を売って生計を立てる人もいる。パカーワンさん(45)は「売り上げは土日で1日千バーツ(約3300円)。サルはロッブリーのシンボル。私は排除には反対よ」と語気を強めた。

 ◆鉄柵の中

 しかし、状況は悪化の一途のようだ。旧市街から約10キロ離れた小学校。近くに山があり、朝と昼にはサルが約100匹の群れで校内に現れる。ここにも餌を与える人がいるためだ。

 安全確保のため、子どもたちは窓や出入り口が鉄柵やネットで覆われた教室の中で学ぶ。6年生の女児(12)は「トイレに1人で行くときは棒を持って行く。追いかけられたこともあるので怖い」と話す。

 教諭のドゥアンネートさん(31)は困り顔だ。「サルたちは水道の蛇口を開けて水を飲み、そのまま放置していく。やりたい放題です。餌は近くの寺院の決まった場所でしか与えることができないのに、守らない人が後を絶たない」

 国立公園・野生動植物保護局(DNP)によると、カニクイザルの国内生息数は3万~4万匹。この8~10年の間に2倍に増えたという。仏教国タイでは施しの文化が浸透しており、サルに限らず動物に餌を与える人が多い。「野生動物への餌やりは禁止すべきだが、そうした教育は不十分だ」と獣医師は話す。

 ◆無人島へ

 タイ政府も事態を重視し、対策に乗り出した。国会に当たる暫定議会の委員会は5月、12都県が直面する野生ザルの増加問題に対する解決案を打ち出した。南部プーケット県など6県については、サルを捕獲して無人島に放す計画が浮上している。

 ロッブリーで住民に聞き取り調査を行ったDNPの専門家スパコーンさん(58)によると、「寺院周辺にいる群れ以外は他の場所に移動させるべきだとの意見が66%に上った」。人間の生活圏と重なる市街地にすむサルは100%去勢・避妊手術を行った上で、電気柵を巡らせた広大な森に移す計画だという。

 「殺生を禁じる仏教の教えがあるため、タイでは殺処分は行わない。どんなにコストがかかっても、全てに手術を施して森に戻す」とスパコーンさん。人間の都合で増えたサルたちは、また人間の都合で選別されることになる。

 ●野生動物 日本にも警鐘 研究者

 人間に慣れて栄養豊富な食べ物への依存を経験した野生動物にどう対処すればいいのか。京都大霊長類研究所の渡辺邦夫名誉教授は「タイで起きているサル問題は遠い異国のことではない」と警鐘を鳴らす。

 渡辺氏によると、日本でも人里近くにすみ着いて田畑を荒らす野生のニホンザルが増えている。1年のほとんどを田畑の作物に依存して暮らす群れも珍しくない。猟師の不足などから、シカやイノシシなどの鳥獣被害に対応できずに苦しむ地域も出てきている。

 タイ政府は野生ザルの駆除(殺処分)を行わず、去勢・避妊手術をして他の場所に移すのが基本方針。しかし、渡辺氏は「野生動物の『命を救おう』と考えることは大事だが、安易なやり方で目先の満足だけを求めるのなら、よりひどい結果を招く」と指摘する。

 サルの去勢・避妊手術にはかなりの時間とコストがかかるため、個体数の増加に追い付かず「焼け石に水」になる恐れがある。サル特有の病気も調査する必要があり、移動させる森については電気柵をきちんと設置しなければ、被害の拡大につながりかねない。

 渡辺氏は「野生動物は『敬して遠ざける』関係が最善だ」と言う。「放っておけば人間の居住地にどこまでも近づいてくる野生動物とは、敵対し排除する姿勢も必要で、しっかりした個体数の管理を行わなければならない」と語る。

=2018/07/02付 西日本新聞朝刊=

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