元役者、故郷で晴れ舞台 覚悟の夏(5)

西日本新聞

30の達成

 長法被姿の15人の男たちが一糸乱れぬ動きで隊列を組む。最前列から5、4、3、2、1人と並び、流れるように逆ピラミッド型の陣形が出来上がった。

 6月中旬、福岡市博多区の博多小で開かれた三番山笠・恵比須流(えびすながれ)の勉強会。「後押し」の実演で、今年の当番町・蓮池町に所属する西村芳高(42)は最前列で両手を広げ、舁(か)き棒を押す姿勢で踏ん張った。「後押し」とは、舁き山笠を後方から押して推進力を生み出す“エンジン役”だ。

 「今年はこの形でいく。最前列5人は選抜されたメンバーで固める」。赤手拭代表の説明を聞きながら、西村はついさきほど発表されたばかりの目標「気持ちを一つにし 30の達成!」の意味を反すうしていた。

 「30の達成」とは、追い山で櫛田入りを30秒、全コースを30分のタイムを目指すこと。櫛田入り30秒台は例年の最高タイムに匹敵するだけに容易ではないが、西村は「やるしかない」と表情を引き締めた。

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 流(ながれ)に加わってまだ5年目と、山笠経験は長くないが、人目を引く存在感は188センチという長身のせいばかりではない。

 西村は、東京の舞台や映画出演などで活躍した福岡市出身の元俳優。18歳で上京し、自分の劇団を立ち上げた。ベテラン俳優が主宰する他の劇団の舞台に出演したほか、台所用洗剤のCMに登場するキャラクターの声優を務めたことも。

 20年近く東京の演劇シーンでキャリアを積み上げたが、ある時から「若くして離れた福岡に何か見過ごしていたものがあるのでは」と強く思うようになった。

 役者として行き詰まりも感じていた。新刊本に巻かれた帯封のように、人間にも帯封があるとしたら自分自身のキャッチフレーズは何? そんな考えを巡らせる中、故郷への思いは募るばかり。「演技は何歳になってもやれる」。ちょうど結婚が決まったこともあり、いったん役者生活を「お休み」し、2013年暮れに博多に舞い戻った。

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 山笠に初参加したのは翌14年夏から。「地域と関わりを持ちたかった。地に足を付けて一兵卒から何かに取り組みたかった」。先輩に叱咤(しった)されながら祭りのイロハを学び、今年から鼻縄を引いて舁き山笠の動きをリードする「鼻取り」を任されることに。だが、櫛田入りで可能性が高いのはやはり「後押し」だ。

 舞台俳優だったころは年中稽古。ランニングから腕立て、腹筋…。業界用語で言う「肉練」に明け暮れたおかげで「体力は並みの40代には負けない」という。

 昨年の山笠で恵比須流は特訓の甲斐あって「追い山」「追い山ならし」とも32秒台をマーク。36秒以上かかった前年から一気にタイムを縮め、上位陣に肉薄した。清道で見守った西村は「タイムを告げるアナウンスに身震いがした」。それだけに「今年は自分の力で」の思いは強い。

 怖さとわくわくが入り交じった「逃げ場のない」緊張感は、舞台で幕が開く瞬間とどこか似ている。「自分は役者だから気持ちのスイッチを入れるのは得意」と西村。晴れ舞台の役作りは万全だ。
(文中敬称略)

=2018/06/29付 西日本新聞朝刊=

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