「守り切れなかった」不明の妻待つ男性に訪れた転機 九州豪雨1年

西日本新聞

 朝倉市杷木松末(ますえ)で行方不明になったままの田中加奈恵さん(64)の夫、耕起さん(54)はこの1年、仮設住宅には入らず、経営する建設業の事務所でただ1人、寝泊まりを続けてきた。濁流で押し流された自宅跡の少しでもそばにいて、妻の帰りを待つためだ。事務所の見やすい場所に置いた加奈恵さんの写真に毎朝、「やあ」と声を掛ける。

 あの日、自宅にいた妻からは「車が流された」などと何度も助けを求める電話が入った。しかし道は川のようになり、仕事場から自宅にたどり着けなかった。「かあちゃん1人、女1人を守り切れなかった。悲しいというより悔しい」。翌日から妻を捜す日々。事務所から約2キロ山あいにある自宅跡に置いた花のプランターへの水やりは毎日欠かさない。ただ酒を痛飲する日は増えた。

 およそ1カ月前、一つの転機があった。6月8日に自宅跡近くでぐにゃりと曲がった加奈恵さんの乗用車を確認できた。ハンドルなどのほか、加奈恵さんが車内で聞いていた徳永英明さんの曲などが入った泥まみれのCDも7枚ほど戻った。「うれしかったよ。何も出てきちょらんとだから」

 前へ進もうという気持ちが強くなった。心の整理はついていないし、1年は節目とも思っていない。それでも「俺は7月6日からリボーン(生まれ変わる)よ」と心に決めた。

 自宅跡付近に、昼間働くための作業場としてプレハブを建てることを考えている。仕事の傍ら、かあちゃんに寄り添うためだ。「俺がいないと寂しすぎるでしょ。心の整理がつくのは俺があの世に行ったときかもしれんよ」

=2018/07/05付 西日本新聞朝刊=

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