豪雨で不明の夫へ「私も頑張ってるよ」 家族で励まし合った1年

西日本新聞

 40人が亡くなった九州豪雨から5日で1年。福岡県朝倉市の2人は、今も行方が分かっていない。戻らぬ大切な人を思い続け、再び巡ってきたあの日。家族は少しずつ前へ進もうとしている。

 夫のことを、父のことを思い出さない日など一日もなかった。朝倉市杷木古賀の柿農家古川美好(みよし)さん=当時(65)=が戻らぬままの月日を、妻の飛鶴(ひづる)さん(58)と長男(34)、次男(33)、長女(31)は励まし合い、支え合って過ごしてきた。

 栽培法にこだわった柿づくりに打ち込んできた美好さんはあの日、山中の作業小屋で消息を絶った。

 夏。自衛隊、警察、消防…。炎天下の捜索を祈るような思いで見守った。大規模な捜索が縮小された秋、家族で文面を考え、それぞれに感謝を伝える手紙を送った。

 11月、飛鶴さんは親類の紹介でパートに出始めた。勤めは35年以上ぶり。慣れない作業、うまくいかない日は自分が歯がゆい。帰宅後、その日の出来事を長女に話す。ある日、仕事の話ばかりの母に長女が「お父さんのことちゃんと考えとると!」といら立ちをぶつけた。心が晴れたことなどないけれど、胸の内の全てを子どもには明かせない。仏壇の前から離れないような姿を夫が喜ぶはずもない。気持ちをぶつけ合った母娘は、思いは同じだと知った。

 12月、葬儀を行った。

 今年3月、きょうだいは福岡県の英彦山に登った。父の還暦に家族旅行を、という計画を先延ばしにしていた悔いがあった。父が好きだった山で、幼い頃に連れて来てもらった場所。3人で何かをするなんてこの10年なかった。雪が残る休日の山頂に場違いな作業着や普段着姿。父の遺影を囲み、スマートフォンのセルフタイマーで写真を撮った。

 あれから毎週末、皆が家に集い、食卓を囲むようになった。緑色のしゃれた急須は美好さんが選んだ。部屋には、夫婦で選んだシャツが袖を通さないまま下がっている。

 悔いよりも感謝。捜索に携わってくれた人、暮らしを気に掛けてくれた人、すべての人に感謝している。家族全員の気持ちだ。

 そして、飛鶴さんは夫に伝えたい。できることなら、泣き顔でなく笑顔で。

 「生きる人も大変だと。でも100分の1だけあなたに自慢したい。私も頑張っていると。あなたが照らし続ける大事な子どもたちを、私もこの家で照らし続けます」

=2018/07/05付 西日本新聞朝刊=

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