被爆手帳、交付わずか3割 証人が減少…認定のハードル高く

西日本新聞

 終戦から73年を迎えようとする今も、原爆に遭ったことを証明する「被爆者健康手帳」の交付を求める人たちが後を絶たない。原爆放射線によるとみられる病気になり、健康不安や医療援護の必要性にさらされているからだ。ただ、第三者2人の証言が必要とされるなど認定のハードルは高く、交付割合はわずか3割にすぎない。支援者は「今の姿勢を行政が続ける限り、救済されるべき人が切り捨てられる」と訴える。

 厚生労働省によると、手帳の申請件数(交付件数)は、2013年度719件(335件)▽14年度582件(244件)▽15年度436件(183件)▽16年度322件(111件)▽17年度392件(122件)-。17年度の交付割合は31%で、年々下がり続けている。

 国は原則として、行政が発行した当時の罹災(りさい)証明書などの公的書類や、第三者2人以上の証言を求めている。公的書類が新たに見つかることはまずなく、証言頼みなのが実情。被爆者の高齢化で記憶があいまいだったり、幼児期の被爆で記憶が十分になかったりし、証言の信用性がないと判断されるケースもある。

 福岡市原爆被害者の会は11年以降、29人から手帳の申請について相談を受けた。結婚や就職における差別を懸念して、親が被爆を伏せていた人がほとんど。第三者の証言が得られないなどの理由で18人が申請できなかった。申請できた11人についても4人は証言の信用性などを理由に却下されたという。

 爆心地から約3キロの長崎市の自宅で被爆した平山美穂子さん(76)=福岡県=の場合、長崎市職員だった父は差別や偏見を恐れてか、市の原爆被害調査に平山さんの被爆を「なし」と回答していた。それを覆す第三者の証言も得られず、一時は諦めていたという。

 相談を受けた同会は、手帳を取得していた父自身も同じ調査に「なし」と回答していた点に注目。「原爆症の有無」と勘違いして回答した可能性があるなどの理由を添えて昨年末に申請した。福岡県は6月末、長崎市が保有する父親の手帳交付時の申請書を確認し、申請理由なども総合的に判断して平山さんを被爆者と認めた。

 同様に家族や親族が手帳を取得していた場合で、その申請書に本人の被爆の記述があった場合や、約9万人の被爆者を調査した米国の研究機関の調査票が後継団体の「放射線影響研究所」(広島市、長崎市)に残っていた例もある。いずれも手帳交付につながったが、こうした記録がなければ認定は難しい。

 同会相談活動委員長の木村誠吾さん(75)は「70年以上がたち、証拠や証人探しは困難になっている。行政は、本人の記憶の具体性など申述をじっくり聞いて判断してほしい」と話した。

=2018/07/29付 西日本新聞朝刊=

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