「いよいよ戻ってくるんだなあ」5人犠牲の地に自宅再建 熊本地震で被災、一家の決断

西日本新聞

 熊本地震による地滑りで5人が犠牲になった熊本県南阿蘇村の高野台分譲地で被災した一家が、再び同じ土地に自宅を建てることになった。近所の知人を亡くした悲しみも、あの夜の衝撃も、心の中から消えることはない。それでも「地震の時までに過ごした楽しい時間の方が勝った」という。家族で新たな一歩を踏み出した。

 28日夕。地滑り跡の復旧工事現場のすぐ近くで、棟上げしたばかりの住宅の屋根からお祝いの紅白餅や菓子が飛んだ。

 「いよいよ戻ってくるんだなあ」。隣の同県大津町のみなし仮設住宅で暮らす会社員の仲佑貴さん(36)は妻早苗さん(35)と建設中の自宅を見上げた。中学1年の長女すみれさん(13)と小学6年の長男健太郎君(11)も、友達に囲まれて笑顔を見せた。

 12年前、きれいな水と空気を求めて県外から南阿蘇村に移り住み、7年前にこの地に居を構えた。その自宅は2016年4月16日の本震で半壊。強烈な揺れで仲さんは頭にけがをし、早苗さんは鼻を骨折した。

 大量の土砂に襲われた分譲地では5人が死亡し、16世帯全てが全半壊。もうここには住めないと、住民たちは土地を分譲した村に救済を求めた。仲さんも当初は帰還を諦めていた。

 交渉の結果、売却を希望する人の宅地を村が買い取り、一帯を防災公園に整備することになった。11世帯が移転を選択。一方で仲さんは住宅ローンの減免が認められ、現地での再建を決めた。

 あの場所になぜ。地震を思い出さないのか-。周囲からは、一家の決断を案じる声ばかり届くが「不安は全然ありません」と早苗さん。心地よい草の匂い、澄んだ冬空に輝く星。阿蘇の山々に抱かれた環境での子育ては「人生で一番充実した時間だった」という。地震で隣町に移ってからも転校せず、片道1時間かけて通学した子どもたちにとっても、ここはかけがえのない「故郷」だ。

 他に分譲地に残るのは自宅を復旧した4世帯だけで、以前よりは寂しくなる。周辺の公園は、つらい記憶を継承する場になる。

 「地震の記憶は残っているけど、ここにはそれ以上に楽しい思い出があるから大丈夫」。入居予定は10月。これから再び、家族4人で新たな思い出を積み重ねていく。

=2018/07/30付 西日本新聞朝刊=

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