【首相も首長も行政組織の経営者】 藻谷 浩介さん

西日本新聞

藻谷浩介(もたに・こうすけ)さん=日本総合研究所調査部主席研究員 拡大

藻谷浩介(もたに・こうすけ)さん=日本総合研究所調査部主席研究員

◆豪雨の夜、異なった対応

 どの自治体にも、企画マインドを高く持ち地域の現場に飛び出していく職員、ルーティンワークにとどまらず地域全体の活性化を考え行動する職員は存在する。本紙連載の「地方公務員最前線」が活写した通りだ。だが、彼らに生き生き仕事させている役所がある一方、彼らをいじめ、邪魔し、挫折させる役所もある。それを見た若手は、保身のため精神安定のため、ルーティンの中に閉じこもる。

 そのような古い組織文化を変えていけるかどうかは、その自治体の首長の性格と手腕にかかっている。組織の長を務めるだけの人格・識見と覚悟を持った首長が、風通しを良くするよう意識的に努めれば、意欲ある公務員は必ず生き生きと動き始める。逆に住民向けパフォーマンスだけに走り、現場に身を置こうとはしない首長だと、選挙には勝てても、その下の組織は腐っていく。

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 今月6日の晩、筆者は九州の某所で、その地域の有志の方々と懇親していた。席上には近隣の町の若い首長さんも来ておられたのだが、彼はお酒には一切口をつけないままだった。翌日にかけて大雨の予報だったため、深夜に役所に詰めることも想定して緊張を保っておられたのである。結果的にその町には被害は出なかったのだが、行政組織の長になることの覚悟を改めて教えられた。

 いい自治体であれば当たり前の、現場で活躍する公務員と覚悟あるトップのチームワーク。霞が関と永田町ではどうだろうか。同じく今月5日の晩、首相や一部閣僚、そして一部若手自民党議員は「赤坂自民亭」という党内懇親会を行っていた。同じ時間帯に気象庁は「経験のないほどの豪雨が西日本に来襲する」と警告し、警戒や避難を呼び掛けていたのだが、官邸はその危機感を共有できていなかったようである。被害の拡大した6日も、それが続々と報じられた7日になっても、政府に災害対策本部は設けられなかった。本部を設ければ、訪欧を控えていた首相は東京を離れづらい。結局、非常対策本部が置かれたのは8日で、それまでの間には、自衛隊が逐次投入となるなどいろいろな不手際が起きた。翌日、訪欧中止が発表された。

 日本中のほぼすべての自治体首長と、地方公務員の幹部は筆者と同じように感じるだろう。官邸のこの対応は、現場を預かる側からみて甘すぎると。行政組織である気象庁、国土交通省、消防庁、防衛省などは、早くからそれぞれ真剣に動いていた。だがその上に立つべき政治家は危機感を共有できず、被害が拡大し終わってから“視察”に殺到する始末だ。200人以上の国民が命を失った事態の最中、先んじて活動できなかった彼らは、現実として「国を守る」ことができなかったのである。

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 笑止千万なのは、ネットや一部マスコミで首相支持層が「立憲民主党も宴会をしていた」とあげつらったことだ。野党議員は首相や閣僚とは違って、行政組織の経営者ではない。その任にない彼らが勝手に現場に乗り込んでも困るのである。災害時に宴会をしていた首長が「某町議も飲んでいた」などと言えば見苦しいだけだ。これすら分からない人は、行政府の長であるにもかかわらず「私は立法府の長だ」と言い張った当時の首相と同じで、立法と行政の区別もついていないことになる。

 筆者が九州でお会いした小さな自治体の若い首長と、同じレベルの自覚を、国政を預かる面々に期待できない今の日本。それが問題だと理解できず、怒るべき時にも怒らず、反対者を袋だたきにして官邸を増長させるばかりでは、われわれは後世に対する責任を果たしているとは言えない。

 【略歴】1964年、山口県徳山市(現周南市)生まれ。88年東京大法学部卒、日本開発銀行(現日本政策投資銀行)入行。米コロンビア大経営大学院で経営学修士(MBA)取得。2012年1月から現職。著書に「デフレの正体」「里山資本主義」など。

=2018/07/30付 西日本新聞朝刊=

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